準拠法条項
現在審査している国際契約書ドラフト(「本件契約書ドラフト」)において、「本契約は、甲国法に準拠する。」という契約条項案があるのですが、仮に当該契約に関連し詐欺が問題となった場合、内容が判らない甲国の刑法が適用されるとすると困ります…
当該条項における「甲国法」の中に「刑法」は含まれません。
「甲国法」なのに、ですか?
当該条項は、国際私法上の「当事者自治の原則」を根拠とする「準拠法条項」ですから、当該根拠に照らし、「債権」以外の法分野に属する甲国の法律は「甲国法」には含まれないと解されます。刑法の他、行政法等も含まれません。
(なお、上述の刑法・行政法等については、私法の外にある法として、そもそも別の論理・理論に基づき、「甲国法」に含まれるかの問題すら発生しない、とも考えられます。ただ、ここではこれ以上立ち入りません。)
当該条項に基づき適用される法(準拠法)により解決される事項は、例えば、契約の成立、債務の履行、又は(争いはありますが)債権の消滅時効等の問題に限定されます。
「物権法」についても、債権法ではない以上、結論的には刑法・行政法同様に「甲国法」には含まれません。
例えば本契約書ドラフトの対象が物等の場合、その所有権の移転時期、又は対抗要件の要否等について規律する物権法は、やはり「甲国法」には含まれません。
本件契約書ドラフトには、別の条項において、契約の成立(時期等)、及び債務の履行(方法等)等が細かく規定されていますが…
通常の国際契約書ならそうでしょうね。
その場合、準拠法条項は、契約書に規定されていない事項についてのみ適用されるため、いわば「補充条項」としての機能を果たすこととなります。
したがって、準拠法以外の事項(いわゆる取引条項等)について、詳細な規定を整備すればする程、準拠法条項の重要性は相対的に低下します。
国際契約、なかでも欧米との契約は非常に詳細なものになりますから、準拠法条項はほぼ必要ないのではないでしょうか?
いえ。
例えば先程言及した消滅時効について、その期間短縮等について、契約交渉・契約書において合意することはまずないでしょう。それはあくまで一例であり、その他にも様々な細かい問題が契約書では規定されないままであるのが通常ですから、やはり補充条項は必要ではあります。
(なお、仮に何らかの理由で準拠法条項を契約書において規定しない場合でも、法律(通則法等)に基づいて準拠法は決定・適用されます。その必要性はあり、準拠法自体が不要、ということにも勿論なりません。ここではこれ以上立ち入りません。)
本件契約書ドラフトに基づき契約を締結する場合、将来、そのような準拠法(甲国法)による補充が必要となることを想定すると、甲国の法律家に相談してから契約締結する必要があるのではないでしょうか?
理論上、そうなりますね。
しかし、例えば、本件契約書ドラフトについて、甲国の法律家に相談した結果、律子さん側が準拠法として「甲国法」を拒絶する場合、(そのカウンターが「日本法」では相手方も拒絶するであろうことを予め想定し)「乙国法」でカウンター・ドラフトを作成しようとするときには、乙国の法律家に相談しますか?
理論上は…
実務においては、通常、そのようなことはしません。
企業法務における経済合理性の観点から、(1)将来紛争が発生する可能性、及び(2)そのインパクト等を勘案したリスクとの見合いで、契約書のドラフティング(ましてや準拠法条項のみ)にかけられる時間・労力・コスト等は自ずと制約されます。先程の例で言えば、改めて乙国の法律家に相談し、その後の展開次第では丙国の法律家に相談…等の実務が現実的ではない点、多言を要しないでしょう。
実際、提案・合意する準拠法の内容の詳細は不明のまま、契約の交渉・妥結をすることが多いのが実情です。
しかし、準拠法が日本法であれば、日本企業の法務パーソンが「内容の詳細は不明のまま」とはならないですね。
そうですね。
したがって、一般化すれば、国際契約における準拠法条項の交渉においては、(1)自らが知悉する法律を準拠法とする合意ができることが重要であり、仮にそれが難しければ、(2)(当事者のいずれもが知悉しない)中立的な法を知ることが重要です。(3)相手方のみが知悉する法律(例:相手方の本店所在地法等)を準拠法とすることは、できるだけ避けるべきでしょうね。
なお、相手方の「知識レベル」を定義することや推し量ることは事実上不可能ですから、(2)の「中立的」といっても、ほぼ抽象的な判断にならざるを得ません。選択した準拠法の専門家が、相手方の社内にいる場合はありますからね。
(この点は余談に近いですが、例えば「当社にはNY州弁護士のAさんがいるから、準拠法はNY州法で良いだろう。」等の意見を聞くことがありますが。ナンセンスですね(笑)。諸々理由はあり、上述した相手方の社内にいる専門家との違い等も問題となりえますが、ここではこれ以上立ち入りません。)
縷々お話を伺って来ると、準拠法条項による補充の余地をできるだけ狭くするよう、やはり準拠法条項以外の条項内容を充実させることが非常に重要ですね。
国内契約審査の一般論として、「契約書は詳しく明確に書かないと、将来解釈に争いが生じ紛争化する。」等の話は良く耳にします。それは、民法(任意規定)による「補充」の余地が狭い方が契約として安定するから、と理解しています。
その点、準拠法条項との関連でも、それにより選択される実質法(任意規定・強行規定)による補充の余地が大きければ大きいほど、(その内容調査等をしていない場合には特に)契約の効果等に関する帰結が不明確・不安定になりますから、契約書(その他の条項)は詳しく明確に書いた方が良いと理解をしました。
逆に言えば、そのように準拠法条項以外の条項が充実していれば、将来契約書に関する疑義が生じた場合であっても、準拠法条項の出番はほぼない、というのが私の実務感覚です。その具体的な論理については、機会を改めてお話しましょう。
因みに、本件契約書ドラフトの準拠法条項の傍に、他に特徴的な条項がありませんでしたか?
そういえば、「国際裁判管轄条項」がありました。
…???
今回、国際私法上の「当事者自治の原則」(法の適用に関する通則法7条等参照)が当然適用されるイメージで話をして来ましたが、例えば、甲国の国際私法において、「契約の準拠法は契約締結地法による」等の規定がある場合、即ち甲国では当事者自治を認めていない場合、どうなるのでしょうか?
そのような場合において甲国が法廷地になったときには、「法選択は法廷地法による」(ワヴィニー)により甲国の国際私法が適用される結果、これまでのお話の基礎にあった「当事者自治」を前提とした説明は成立しないのではないでしょうか?
そう言われれば、そういう気がしないでもないですね(笑)。
準拠法条項と国際裁判管轄条項とは相関関係にありますので。またの機会にお話しましょう。
結論的には、準拠法条項よりも、国際裁判管轄条項の方がはるかに重要です。
(なお、最近各所で「商売」繁盛(目論見中)の国際仲裁については、更に別に説明の機会を設けます。)