【第1回】 不法行為の準拠法(1)
…というわけなんです。
友人からの珍しい贈り物だったので、嬉しくて勢いよく袋の中に手を入れた分、結構深い傷に…
目次
テーマ
1.国際裁判管轄
● 不法行為地管轄
2.準拠法選択
● 不法行為の準拠法
3.外国判決の承認・執行
● 応訴の機会の保障
事案
● 律子は、友人(甲国居住)がA(甲国居住)から購入した甲国伝統の「福袋」を郵送で贈られた。
● 開けて中身を探ったところ、封をする際に誤って混入したカッターナイフの刃で手首を負傷。
そうでしたか…。是非お大事にして下さい。
ところで、本事案は、 外国的要素を含むことから、「国際的私法関係」等と呼ばれるものですね。
あくまで仮の話ですが、Aに対し訴えを提起する場合、日本・甲国に跨る国際的不法行為事件として、例えば下記事項について検討が必要なのです。
1.国際裁判管轄(どの国で訴え提起するのか?)
2.準拠法選択(どの国の法が適用されるのか?)
これが、「狭義」の国際私法のテーマです。
3.外国判決の承認・執行(ある国で勝訴判決を得たとして、その他の国において、どのように強制執行するのか?)
なお、2に、1及び3等の国際的私法関係に係る訴訟法 (「国際民事訴訟法」)を加えた全体を、「広義」の国際私法と呼びます。
1の点については、「国際司法裁判所」という機関があるとニュースで見たことがあります。
誤解がありますね…
「国際司法裁判所」は、国家間の法的紛争を解決する国際機関です。私人間の法的紛争につき、同様の国際的司法機関は存在しません。国際的私法関係について、基本的には、各国の裁判所が独自に民事訴訟手続を行なっているのが実情です。
なお、国家間の法的問題・紛争等(戦争と平和に関する問題等)については、主に「国際法」(国際「公」法)が取り扱います。それに対し、 国際「私」法は、原則として、国際的私法関係における私人間の法的問題・訴訟等を取り扱います。
1.国際裁判管轄
(どの国で訴え提起するのか?)
● 世界統一民事訴訟法の不存在
国際的私法関係について、仮に 「世界統一民事訴訟法」等が存在すれば、各国裁判所での民事訴訟手続についても、それによれば良い。
しかし、現在、一部の例外(特定国家間・特定分野における条約等)を除き、そのような統一法は存在しない。
● 国際訴訟の特殊性
裁判所の所在地(「法廷地」) が異なれば、(1)使用言語、及び(2)民事訴訟法等(法廷地法)に基づく手続 (送達・証拠調べ等)も異なる。また、国際民事訴訟においては、(3)国を跨ぐ移送制度が存在しない (より相応しい裁判所で訴訟追行等できるとは限らない。) 。
● 国際裁判管轄の重要性
国際民事訴訟は、実務的な対応の面で、国内訴訟とは大きく異なりうる。そのため、時間・労力・コスト(弁護士報酬等)等の点で、当事者にとり大きな負担がある。そこで、実務上、どの国の裁判所に裁判管轄が認められるのか(「国際裁判管轄」)が非常に重要となる。
本事案においても、甲国で訴え提起することは、律子さんにとり負担が大きいでしょう。
そこで、律子さんが日本で訴え提起すると想定し、国際裁判管轄に関する日本法を見て行きましょう。
(1)概観
● 財産関係事件の国際裁判管轄
いわゆる財産関係事件の国際裁判管轄については、民事訴訟法(「民訴法」)で規定が整備されている。
具体的には、民訴法の「第一編 総則」→「第二章 裁判所」→「第一節 日本の裁判所の管轄」 の規定。
(なお、国際裁判管轄については、民訴法以外にも、いわゆる身分関係事件につき人事訴訟法・家事事件手続法に規定がある他、条約・特別法にも規定が置かれている。)
● 民訴法上の国際裁判管轄規定
その表題に「日本の裁判所の」とある通り、国際訴訟を主眼に、日本の裁判所の国際裁判管轄原因につき規定(全11条)。
国内土地管轄に関する規律と同様、原則としては、「1つでも管轄原因があれば裁判管轄あり」と考えて良い。
(なお、国内土地管轄については、同じ第二章の「第二節 管轄」に規定が置かれている。)
● 国際裁判管轄規定の特殊性
例えば、冒頭に置かれている被告(自然人)の住所地等管轄に関する規定(第3条の2第1項)等、国内土地管轄に関する規定(民訴法4条2項等)と類似する条文も相当数ある。
しかし、例えば住所地等管轄について言えば、国際訴訟における被告応訴の負担への配慮が国内訴訟より重要となりうる等、個別の趣旨・文言等は相当に異なる。
● 国際裁判管轄の判断
訴え提起があった際、日本の裁判所は自らの国際裁判管轄の有無についてのみ判断し、原則として、他国裁判所における国際裁判管轄の有無につき判断することはない(この点は外国裁判所においても同様。そのため、どの国の裁判所においても国際裁判管轄が認められないことがあり、逆に、複数の国の裁判所で国際裁判管轄が認められることもある。 )。
● 国際民事訴訟法(国際裁判管轄論)の対象
国際民事訴訟法(国際裁判管轄論)の対象は「国際」的私法関係であるものの、学ぶルール(法源)は、あくまで日本の「国内」法(民訴法等)である。
民訴法3条の2以下の表題等を「チェックリスト」的に眺めてみて、本事案についてのヒントはありませんか?
本事案の場合、Aの住所は日本にはないし…あっ、3条の3第8号に「不法行為」とあります。
(2)不法行為地
民事訴訟法
(契約上の債務に関する訴え等の管轄権)
第三条の三
次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。
(略)
八 不法行為に関する訴え 不法行為があった地が日本国内にあるとき
(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)。
(略)
● 趣旨
(民訴法第3条の3第8号が「不法行為があった地」(「不法行為地」)を国際裁判管轄原因とした趣旨)
「不法行為があった地には訴訟資料、証拠方法等が所在していることが多く、また、不法行為があった地での提訴を認めることが被害者にとっても便宜」(佐藤=小林・一問一答 68頁)である点等にある。
● 不法行為地
加害行為が行われた地(「加害行為地」)の他、 加害行為の結果が発生した地(「結果発生地」)も含まれる( 佐藤=小林・一問一答 69頁参照)。
律子さんは日本で怪我をしたため、不法行為地(結果発生地)は日本です。
そうすると、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められそうです。
しかし、民訴法3条の3第8号には、括弧書きがあります。
(契約上の債務に関する訴え等の管轄権)
第三条の三
次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。
(略)
八 不法行為に関する訴え 不法行為があった地が日本国内にあるとき
(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)。
(略)
● 趣旨
(第3条の3第8号括弧書きが、加害行為地が外国にある場合の例外を定めた趣旨)
結果発生地における「被告の応訴の負担が大きくなり、当事者間の衡平を欠く」点、及び、このような場合、結果発生地に「訴訟資料、証拠方法等が所在している可能性はそれほど高くないと考えられ」る点にある( 佐藤=小林・一問一答 70頁)。
● 「予見」可能性の基準
「通常」とあることから、 加害者自身ではなく、加害者と同様の状況に置かれた一般人を基準とする。
● 「予見」の対象
法廷地(場所)を画する国際裁判管轄の問題として、不法行為の結果発生自体(内容・規模等)ではなく、結果発生場所(どこで結果が発生するのか)である。
本事案では、甲国で福袋の袋詰めがされた際にカッターナイフの刃も混入しているのであれば、「外国で行われた加害行為」 (第3条の3第8号括弧書き)として、加害行為地は甲国と考えられます。
そして、甲国で袋詰め・販売・購入等の全てが行われた甲国伝統の「福袋」が、偶然的に海を渡って日本居住の律子さんに贈与された経緯等から考えると、「日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであった」(第3条の3第8号括弧書き)に該当するでしょう。
よって、本事案では、その他に管轄を肯定すべき事情も見当たらない以上、日本の裁判所の国際裁判管轄は否定されます。
本事案については、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められないようで残念です…
もし日本の裁判所で訴訟遂行できれば、民法(709条)等に基づきAの責任を追及できるのだろう、とは考えていたので…
誤解があるようですね…。
仮に日本の裁判所に国際裁判管轄が認められても、常に日本法が適用されるわけではありません。
日本の裁判所なのに、日本法が適用されないのですか…。
日本の裁判所が、外国法を適用することがあるのですか?
はい。
それでは、以下、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められたと仮定し、その点を検討してみましょう。
2.準拠法選択
(どの国の法が適用されるのか?)
● 世界統一民法等の不存在
仮に「世界統一民法」等が存在すれば、国際的私法関係についても、それを適用すれば良いとも考えられる。
しかし、現在、一部の例外(特定国家間・特定分野における条約等)を除き、そのような統一法は存在しない。
● 準拠法選択の必要性
国際的私法関係につき各国私法を適用することになるが、その内容が異なるため、その適用結果次第で具体的事件の解決が異なりうる。
(他方、国際的私法関係につき、 事案を問わず常に法廷地法を適用することも考えられるが、それでは必ずしも妥当な解決は得られない。)
そこで、当該国際的私法関係に適用されるに相応しい法(「準拠法」)を選択することが必要となる(狭義の国際私法)。
お伺いする限り、本事案においては日本法か甲国法か、いずれが適用されるのかを検討する必要があります。
国内私法関係においては、必要に応じ 「判例六法」をめくりますよね?国際私法による準拠法選択について比喩的に言えば、(めくる前に)まず「どこの国の『判例六法』を手に取るべきなのか?」を決める作業なのです。
それでは、準拠法選択に関する日本法を見て行きましょう。
(1)概観
● 法の適用に関する通則法
・ 主に「法の適用に関する通則法」(「通則法」)において、準拠法選択に関する規定が整備されている (なお、国際裁判管轄同様、準拠法選択に関しても、別途条約・特別法に規定が置かれている。)。
・ 全43条(1条~3条は国際私法規定ではないため、実質的には全40条。)。
・ 通則法4条以下の表題を眺めてみると、 一部の例外を除き、民法で学んだ概念が同様の配列で並んでいる。
● 立法経緯
通則法は、2006年に「法例」(という名称の法律)の全面改正により制定された法律。
● 国際私法(狭義)学の対象
国際裁判管轄同様、国際私法(狭義)学においても、その対象は「国際」的私法関係である一方、学ぶルール(法源)は日本の「国内」法(通則法等)。
本事案に関して、通則法を「チェックリスト」的に眺めてみて、ヒントになりそうな条文はありますか?
…17条に「不法行為」とあります。
(2)不法行為
法の適用に関する通則法
(不法行為)
第十七条 不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。ただし、その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法による。
● 趣旨
(通則法17条本文が、「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力」につき、「 加害行為の結果が発生した地」(「結果発生地」) の「法」 を準拠法とする趣旨)
被害者保護を重視する点等にある(小出・一問一答 99頁参照)。
まず念のためですが、通則法17条では、例えば、「不法行為」・「加害行為の結果が…発生した」・「結果の発生が通常予見することのできないもの」等、先ほど見た国際裁判管轄に関する条文(民訴法3条の3第8号)と同一又は類似の文言も使われています。
しかし、通則法17条は、あくまで準拠法選択のためのルールです。
訴訟の場面においては、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる場合に、通則法に基づき準拠法を選択します。
本事案において、律子さんがAに対し手首の負傷につき損害賠償請求をすることは、「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力」の問題に該当します。
手首に怪我をした日本が「 加害行為の結果が発生した地」(結果発生地)に該当し、日本「法」が適用されそうですね。
本事案に民法709条等が適用されれば、律子さんの損害賠償請求は認められる可能性があるでしょう。
(なお、後に述べますが、国際私法の任務は準拠法の選択までであり、準拠法の内容とその適用結果については、関知しないのが原則ではあります。)
しかし、通則法17条にはただし書があります。
(不法行為)
第十七条 不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。ただし、その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法による。
● 趣旨
(通則法17条ただし書が、 「その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったとき 」には、「 加害行為が行われた地 」(「加害行為地」) の「法」 を準拠法とする趣旨)
準拠法に関する加害者の予見可能性への配慮にある(小出・一問一答 99頁参照)。
● 「予見」可能性の基準
「通常」とあることから、 加害者自身ではなく、加害者と同様の状況に置かれた一般人を基準とする。
● 「予見」の対象
法の場所的適用範囲を画する(狭義の)国際私法の問題として、不法行為の結果発生自体(内容・規模等)ではなく、結果発生場所(どこで結果が発生するのか)である。
本事案においては、仮に日本の裁判所に国際裁判管轄が認められたとしても、やはり日本における結果発生は通常予見できなかったとして、準拠法としては甲国法が適用されるでしょう。
甲国法の規定内容次第では、律子さんの損害賠償請求は認められません。
準拠法選択の解説の最後に、簡単に概念整理等をしておきましょう。
国際私法を学ぶのであれば、その過程で自然に「常識」となるため、現時点では一読し凡そのイメージを持てれば十分です。
(3)国際私法の基本概念・思考プロセス・機能
● 基本概念・思考プロセス(通則法17条本文を例に)
1.「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力」(「単位法律関係」)につき、
2.「 加害行為の結果が発生した地」(「連結点」)を通じて、
3.「法」(準拠法)が選択(特定・適用)される。
なお、準拠法=「実質法」=実体法+手続法である。
● 機能
(狭義の)国際私法は、事案に直接適用される民法等の実質法(「直接規範」)とは異なり、 準拠法選択規則(「間接規範」)である。
1.原則として、準拠法の内容とその適用結果(実質法上の権利義務の有無等)には関知しない規範である(「実質法の内容と適用結果の不問」)。
2.原則として、内国法(日本法)・外国法の区別なく、平等に選択する価値中立的な規範である(「内外法の平等」)。
念のため、国際私法の機能につき、本事案における現れを見ておきましょう。
(1)日本法と甲国法のいずれが準拠法として選択されるか次第で、律子さんの損害賠償請求権の有無が決せられうるにも関わらず、通則法17条に基づく準拠法選択プロセスにおいては、実質法(甲国民法・日本国民法等)の要件吟味等はしませんでしたよね?
先程、私が、律子さんの損害賠償請求につき「甲国法の規定内容次第では」と述べるに留め、甲国法の具体的内容まで踏み込まなかったのも、(狭義の)国際私法の機能は、準拠法選択段階で終了するためでした。
原則として、実質法の内容とその適用結果は不問なのです。
(2)また、日本の裁判所にとっては、法廷地法である日本法を適用する方が便宜である等の事情があるにも関わらず、通則法17条に基づく準拠法選択プロセスにおいては、「内国法(日本法)を優先して適用する」等の考慮はしませんでしたね?
原則として、内外法は平等なのです。
国際裁判管轄と準拠法選択につき、大凡のイメージは持てました。
今回は、双方の観点で損害賠償請求等は難しそうですので、ゆっくり治療に専念します。
今回は、それで良いように思われます。
仮に日本の裁判所に国際裁判管轄が認められ、かつ日本法が準拠法となったとしましょう。その結果、律子さんが勝訴し損害賠償請求が認められたとしても、Aが任意に履行しない場合には、お伺いする限り、甲国(Aの主な財産所在地と目される国)で強制執行することが想定されます。
しかし、 外国における訴訟手続につき前述したのと同様、強制執行についても、外国語である甲国語、或いは外国法である甲国法(民事執行法等)等への対応には、相当の時間・労力・費用等の負担があります。今回の手首の負傷に関する損害賠償額は、それに見合う程の高額にはならないでしょうから、甲国での強制執行はコスト倒れに終わる可能性が高いでしょう。
ただ、折角の機会という訳ではないですが、律子さんとAの立場を入れ替えた設例につき、日本法の観点から考えてみましょう。
3.外国判決の承認・執行
(どのように強制執行するのか?)
【設例】
● A(甲国居住)は、友人(日本居住)が奥田律子(日本居住)から購入した日本伝統の「福袋」を郵送で贈られた。
● 開けて中身を探ったところ、封をする際に誤って混入したカッターナイフの刃で手首を負傷。
● Aは、甲国裁判所において、律子に対し、負傷による損害賠償請求の訴えを提起した(律子に対する訴状送達等なし)。
【甲国民事訴訟法・国際私法】
・不法行為に関する訴えは 不法行為があった地の法による 。
(民訴法3条の3第8号本文同様。しかし、同括弧書きに相応する条項は存在しない。)
・不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。
(通則法17条本文同様。しかし、同条ただし書に相応する条項は存在しない。)
私の経験した事案においては、日本の裁判所の国際裁判管轄は認められませんでした(民訴法3条の3第8号括弧書き)。
また、仮にそれが認められても、結果発生地である日本国民法709条等は適用されませんでした(通則法17条ただし書)。
しかし、設例においては、それらに相当する規定が甲国法に存在しないため、甲国(結果発生地)の裁判所に国際裁判管轄が認められ、かつ、甲国民法(結果発生地法)が適用されることになりますね。
甲国法の内容次第では、私は敗訴し、損害賠償義務を負担することになる!?
国際私法の機能を超え、準拠法(実質法)である甲国法の内容やその適用結果まで想像すると、ですが…
そうなりそうですね。
仮に律子さんが応訴せず敗訴し、Aが甲国で得た勝訴判決を以って日本で強制執行しようとする場合、どう思われますか?
そうですね…。
甲国法が日本法とは全く異なるため困惑していますが、少なくとも訴状等が届いていない点には納得できません。
いずれにしても、甲国での判決が手続面・実体面でどのようなものであっても日本で承認・執行される、というのではあまりに不合理に思われますね。
しかし他方で、外国判決であるという理由だけで、一切日本国内で承認・執行されず、常に再訴を要するとするとどうでしょう?少なくとも本設例のAの立場に立てば、結果的に紛争の蒸し返しになるかもしれませんし、訴訟不経済と言えるかも知れません。
そこで、外国判決の承認・執行に関するルールが必要となります。
この点についても、日本法を見て行きましょう。
(1)概観
民事訴訟法
(外国裁判所の確定判決の効力)
第百十八条 外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
一 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。
二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
三 判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
四 相互の保証があること。
● 基本規定
民訴法118条が、外国判決の承認に関する基本的な規定。
(なお、外国判決の承認・執行に関しては、家事事件における外国裁判所による裁判につき民訴法118条が準用されている(家事事件手続法79条の2)他、国際裁判管轄・準拠法選択同様、条約・特別法にも規定が置かれている。)
● 国際民事訴訟法(外国判決の承認・執行論)の対象
ここでも、国際民事訴訟法(外国判決の承認・執行論)の対象は「外国」判決であるものの、その日本における承認が主題であり、学ぶルール(法源)は「日本」の内国法(民訴法等)。
設例に関して、118条柱書・各号を「チェックリスト」的に眺めてみて、ヒントになりそうな文言はありますか?
諸々気にはなりますが…、118条2号に「送達」の文言があります。
(2)応訴の機会の保障
(外国裁判所の確定判決の効力)
第百十八条 外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
(略)
二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
(略)
● 趣旨
(民訴法118条2号の趣旨)
被告の応訴の機会の保障
設例において、訴状の送達等がなかった以上、律子さんには応訴の機会が保障されておらず、少なくとも民訴法118条2号の要件を充足しないでしょう。甲国におけるAの勝訴判決は、日本では承認されません。
したがって、その前提を欠くため、強制執行もされないことになります。
設例とはいえ、安心しました…
最後に、執行についても若干言及しておきます。
現時点では、一読し、凡その意味が理解できれば十分です。
(3) 執行
民事執行法
(債務名義)
第二十二条 強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
(略)
六 確定した執行判決のある外国裁判所の判決(家事事件における裁判を含む。第二十四条において同じ。)
(略)
● 債務名義
外国判決を日本国内で執行するためには、別途執行判決を得る必要がある(民事執行法(「民執法」)22条6号)。
(外国裁判所の判決の執行判決)
第二十四条 外国裁判所の判決についての執行判決を求める訴えは、債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所(家事事件における裁判に係るものにあつては、家庭裁判所。以下この項において同じ。)が管轄し、この普通裁判籍がないときは、請求の目的又は差し押さえることができる債務者の財産の所在地を管轄する地方裁判所が管轄する
2 前項に規定する地方裁判所は、同項の訴えの全部又は一部が家庭裁判所の管轄に属する場合においても、相当と認めるときは、同項の規定にかかわらず、申立てにより又は職権で、当該訴えに係る訴訟の全部又は一部について自ら審理及び裁判をすることができる。
3 第一項に規定する家庭裁判所は、同項の訴えの全部又は一部が地方裁判所の管轄に属する場合においても、相当と認めるときは、同項の規定にかかわらず、申立てにより又は職権で、当該訴えに係る訴訟の全部又は一部について自ら審理及び裁判をすることができる。
4 執行判決は、裁判の当否を調査しないでしなければならない。
5 第一項の訴えは、外国裁判所の判決が、確定したことが証明されないとき、又は民事訴訟法第百十八条各号(家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)第七十九条の二において準用する場合を含む。)に掲げる要件を具備しないときは、却下しなければならない。
6 執行判決においては、外国裁判所の判決による強制執行を許す旨を宣言しなければならない。
● 執行
・ 紛争の蒸し返し防止等の観点から、執行に際しての「実質的再審禁止」に関する明文がある(民執法24条4項)。
・ 実質的再審とは、判決の実質的な内容面(事実認定・法解釈等)に再度立ち入って審査することを意味する。
● 承認
・ 外国判決が、「実体」的に民訴法118条の要件さえ充足していれば、日本国内においても「承認されている状態」にある。
(日本では、執行の前提となる承認自体について、特別な「手続」を踏む必要はない。即ち、「自動承認」されている状態。)
・ 既に自動承認状態にあること、及び上記「実質的再審禁止」の趣旨から、「承認に際しての審査」は当然ありえないこととなる。
・ しかし、「執行に際しての審査」はある。即ち、執行判決を求める訴えの段階では、(実質的再審査は禁止されるものの)民訴法118条の要件吟味はなされ、不充足なら訴え却下となる(民執法24条5項)。
まとめ
1.国際裁判管轄
● 民訴法3条の2第1項
● 民訴法3条の3第8号本文・括弧書き
2.準拠法選択
● 通則法17条本文・ただし書
3.外国判決の承認・執行
● 民訴法118条2号
● 民執法22条6号・24条4項・5項
最後に、甲国法等の外国法への向き合い方については、こちらを参照しておいて下さい。
●「外国法(向き合い方)~準拠法として」
それにしても、その手首では、腕時計も付けられないでしょう?重ね重ねお大事にして下さい。
腕時計と言えば…
【第2回】 行為能力の準拠法(1)