【第14回】 代理の準拠法
…というわけなんです。
請求の目的であるスーツケースの所在も良く判らないらしいのですが…
目次
テーマ
1.国際裁判管轄
● 営業所等所在地管轄
● 事業活動地管轄
2.準拠法選択
● 代理の準拠法
3.外国判決の承認・執行
● 間接管轄
事案
● 律子の父が経営するR社(日本法人。主たる営業所所在地は日本)は、ビジネス用品の製造・販売業者A社(甲国法人。主たる営業所所在地は甲国)の代理人Bとの間で、日本において、スーツケース10,000個(「本件スーツケース」)の売買契約(準拠法:乙国法)(「本件売買売買契約」)を締結し、Bに対し、現金5億円を手渡した。
● A社は、日本においてビジネス用品の販売事業・レンタル事業等を営んでいるものの、外部委託をしているため、A社の営業所は日本には存在しない。
● A社は、Bを代理人として選任する旨の業務委託契約(準拠法:甲国法)を締結していたものの、それはレンタル事業に関するものであり、Bに対し売買に関する代理権までは付与していなかった。他方、Bが売買に関する代理権を有すると信じるにつき、R社に過失はなかった。なお、Bは、受領した5億円を持ったまま行方不明となっている。
● 各国の代理法によると、Bによる当該代理行為に基づくA社への効果帰属については、下記の通り。
・ 甲国法:効果帰属なし
・ 乙国法:不明(R社の法務担当者は、その点まで調査した上で準拠法を選択した訳ではなかった)
・ 日本法:効果帰属あり(民法110条)
● R社は、日本の裁判所において、A社に対し、表見代理の成立を主張し、購入したスーツケース10,000個の引渡請求の訴えを提起した。
お父さんの会社も法的トラブル続きで大変ですね…。
これまでと同様、広義の国際私法の観点で分析を加えてみましょう。
1.国際裁判管轄
(1)営業所等所在地
(契約上の債務に関する訴え等の管轄権)
第三条の三 次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。
(略)
四 事務所又は営業所を有する者に対する訴えでその事務所又は営業所における業務に関するもの
当該事務所又は営業所が日本国内にあるとき。
(略)
● 趣旨
「業務の中心となっている事務所又は営業所は、その業務については住所に準ずるもの(業務の本拠地)とみることができ、証拠の収集という観点からも、その所在地のある国の裁判所に当該業務に関する紛争を審理させることが便宜」(佐藤=小林・一問一答 51頁)。
●「事務所又は営業所を有する者」
法人に限定される。
●「事務所」
非営利法人の、「営業所」は営利法人(会社等)の業務遂行場所を指す。
父の会社(R社)による訴えは、A社製造のスーツケースの売買、即ちA社の「業務に関するもの」に係る訴えですから、この民訴法3条の3第4号が適用されるのではないでしょうか?
条文を良く読みましょう。
「A社の営業所は日本には存在しない」ということですので、A社は「営業所を有する者」(民訴法3条の3第4号)に該当せず、本号は適用されません。
その次の民訴法3条の3第5号を見て下さい。
(2)事業活動地
(契約上の債務に関する訴え等の管轄権)
第三条の三 次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。
(略)
五 日本において事業を行う者(日本において取引を継続してする外国会社(会社法(平成十七年法律第八十六号)第二条第二号に規定する外国会社をいう。)を含む。)に対する訴え
当該訴えがその者の日本における業務に関するものであるとき。
(略)
● 趣旨
「営業所を設置することなく、日本において取引を継続してする外国会社の場合も、その者の日本における業務関する訴えについては、日本の裁判所に提起できるようにすることが相当」であること(「また、外国の個人や社団又は財団についても、同様の趣旨が当てはまる」)(佐藤=小林・一問一答 54頁)。
● 「事業を行う者」
自然人も含まれる(法人も含まれる)。
A社は、「日本においてビジネス用品の販売事業・レンタル事業等を営んでいる」ので、「日本において事業を行う者」にあたり、かつ本件スーツケースの引渡請求の訴えについては、A社の「日本における業務に関するもの」と言えますので、民訴法3条の3第5号に該当し、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められますね。
ただ、4号と5号の関係が明確ではないように思われますが…
本事案の処理には影響しませんので、その点につき現時点では立ち入りませんが、最大のポイントは、第4号の要件は充足するが第5号の要件は充足しない場合、について具体例を挙げられるか否かです。時間を作って、一度考えておいて下さい。
それでは準拠法選択に移りましょう。
本事案においては、Bによる代理行為につき、いずれの国の法律によるか次第でA社への効果帰属の有無が変わりうるため、準拠法選択が重要となります。
2.準拠法選択
(1)代理(概説)
● 条文
通則法上、明文なし。条理による。
● 法定代理
代理権発生原因である法律関係(親権・後見等)の準拠法による。
本事案は、任意代理の事案ですので、以下では、任意代理に絞った解説をします。
民法におけるのと同様、いわゆる三面関係につき検討をしますが、最重要なのは、「(4)本人-相手方間」の問題であり、その他については特段の問題はありません。
(2)本人-代理人間
● 単位法律関係
・ 代理権の存否・範囲等
● 準拠法
・ 授権行為の準拠法による。
・ 実際には、授権行為の基本となる法律行為・契約の準拠法による。
民法では、事務処理契約と授権行為の区別、等の話がありましたが…
そうですね。
そのような区別に実務上の実益が大きいとは言えず、少なくとも現時点では、前述の通りの理解をしておけば十分です。
本事案について言えば、A社・B間の業務委託契約の準拠法は甲国法(効果帰属なし)なのですから、その適用の結果、少なくともA社・B間においては、BによるR社との売買契約締結は無権代理であり、その効果はA社に帰属しないこととなります。
(3)代理人-相手方間
● 単位法律関係
・ 代理行為自体の成立・効力
・ 代理人の責任等
● 準拠法
・ 代理行為(法律行為・契約)自体の準拠法による。
(なお、そもそも代理が許される法律行為・契約か、という問題についても同じ準拠法による。)
本事案においては、本件売買契約の準拠法は乙国法(内容不明)ですから、A社と父の会社(R社)との間で締結された売買契約の効果がA社に帰属するか否かについても不明のままです…
企業が契約の準拠法を選択する場合、「当該準拠法上の代理法制がどうなっているか?」等について調査してから選択することは通常ありません。その意味では、法務担当者の方を責める訳にはいかないようにも思われます。そのあたりの実務感覚については、改めてお話する機会もあるでしょう。
さて、次が最大の問題の「本人-相手方間」、即ちA社-R社間の問題ですね。
(4)本人-相手方間
● 単位法律関係
・ 代理権の存否・範囲(効果帰属の有無)等
● 準拠法
本人保護と相手方保護とのバランスの問題。
【注意】
どの法を準拠法とするのが妥当かについてのバランス(国際私法上のバランス)の問題であり、表見代理が成立するのが妥当かのバランス(実質法の内容・その適用結果に関するバランス)の問題ではない。
【凡例】
どの法が準拠法となるかに関する当事者の認識可能性
(○:高い、△:中間、×:低い)
1.授権行為の準拠法説
・ 本人:○
・ 相手方:×
2.代理行為の準拠法説
・ 本人:×(事案により認識可能性が認められる場合(△)も)
・ 相手方:○
3.代理行為地法説
・ 本人:△(事案により認識可能性が認められない場合(×)も)
・ 相手方:○
【注意】
現時点では、利益状況の把握として、上記「○」「△」「×」のイメージを持つことができれば十分(より厳密な解説・有力説の紹介等は別途)。
上記3説の中では最もバランスが良いと思われるため、ここでは「代理行為地説」に依拠します。
本件売買契約は日本において締結されていますから、A社への効果帰属の有無については、代理行為地法として、日本法が適用されますね。
国際私法の機能を超えますが、日本法(民法110条)によれば、Bによる代理行為の効果はA社に帰属することとなりますね。折角5億円をBに渡したので、購入したスーツケース10,000個の引渡請求が認められそうで安心しました。
なお、授権行為(その基本となる業務委託契約)の準拠法(甲国法)によれば効果帰属はせず、他方、代理行為自体の準拠法(不明)による効果帰属については不明です。
受訴裁判所が条理に基づき如何なる法選択をするかにつき予断を許しませんから、念のため乙国法の内容を調査して頂くよう、父の会社(R社)の法務部門の方に進言はしてみます。
それでは、本事案をアレンジした設例を用いて、外国判決の承認・執行についても若干解説をしておきます。
3.外国判決の承認・執行
【設例】
● (本事案において)R社は、A社が日本に営業所を持たないことから、本件スーツケース10,000個は甲国で保管されている可能性が高いと考え、(日本の裁判所ではなく)甲国裁判所において、A社に対し、本事案と同様の訴えを提起することとした。
● 他方、行方不明になっていたBが丙国で発見されたことから、R社は、同じく甲国裁判所において、Bに対し無権代理人としての責任を追及する訴えを提起することとし、A社に対する訴えと併合提起した。
● 甲国においては、Aについては、主たる営業所所在地の国際裁判管轄(民訴法3条の2第3項)・請求目的物所在地管轄(民訴法3条の3第3号)等に相応する管轄原因が認められる一方、Bについては、独自の管轄原因は認められなかった。
● 甲国裁判所は、R社からA社・Bに対する訴えの主観的併合を認めた上で、R社勝訴の確定判決を下した。
● その後、A社は日本における事業遂行のために数年前から倉庫を賃借しており、そこにスーツケース10,000個が保管されていることが判明した。そこで、R社は、甲国裁判所による確定判決の執行判決を求め、日本の裁判所に訴え(民執法24条)を提起した。
(1)間接管轄(主観的予備的併合)
(外国裁判所の確定判決の効力)
第百十八条
外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
一 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。
二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
三 判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
四 相互の保証があること。
(併合請求における管轄権)
第三条の六 一の訴えで数個の請求をする場合において、日本の裁判所が一の請求について管轄権を有し、他の請求について管轄権を有しないときは、当該一の請求と他の請求との間に密接な関連があるときに限り、日本の裁判所にその訴えを提起することができる。ただし、数人からの又は数人に対する訴えについては、第三十八条前段に定める場合に限る。
(共同訴訟の要件)
第三十八条 訴訟の目的である権利又は義務が数人について共通であるとき、又は同一の事実上及び法律上の原因に基づくときは、その数人は、共同訴訟人として訴え、又は訴えられることができる。訴訟の目的である権利又は義務が同種であって事実上及び法律上同種の原因に基づくときも、同様とする。
間接管轄(民訴法118条1号)に関する鏡像理論に基づくと、つい先程の話題(「債権譲渡の準拠法」)における「1.国際裁判管轄」で解説して頂いた主観的併合についても、他の管轄原因と同様の検討をすれば良いのですね。
その通りです。
本設例については、最終的には民訴法38条前段の解釈論となるため立ち入りませんが、自分なりに検討しておいて下さい。
まとめ
1.国際裁判管轄
● 民訴法3条の3第4号
● 民訴法3条の3第5号
2.準拠法選択
● 条理
3.外国判決の承認・執行
● 民訴法118条1号
● 民訴法3条の6ただし書・38条前段
最後に、甲国法等の外国法への向き合い方については、こちらを参照しておいて下さい。
●「外国法(向き合い方)~準拠法として」
さて、A社については、少なくとも大規模取引については業務委託先を法人に限定する、またR社については、せめてA社の発行した委任状を確認する、或いは代金支払いを通常のビジネス慣行通り銀行振込とする等、Bとの関係において、各々事前のリスク管理ができたように思われますね。
法人と言えば…
【第15回】 法人の準拠法