【第10回】 労働契約の準拠法
…というわけなんです。
Aさんは、「労働者」の中でも知識・経験が豊富で、広く深い国際的な人脈も有する等、「弱者」というイメージからはほど遠く。言われた仕事だけこなす「受動的労働者」との対比で、いわば「能動的労働者」とでも言うべき方でした。
テーマ
1.国際裁判管轄
● 労働契約関連管轄
2.準拠法選択
● 労働契約の準拠法
3.外国判決の承認・執行
● 間接管轄(労働契約関連)
事案
● A(甲国人)は、律子の父が経営するR社(日本法人・主たる営業所所在地:日本)で働きたいとの希望が適い、R社の甲国営業所において雇用された後、甲国を主な拠点としつつ、時折アジア各国 (日本を含む)に出張し営業活動に取り組んでいた。
● しかし、Aは、思うような営業成績を上げられなかったことから、R社に居づらくなり、R社・A間の「退職に際しての覚書」(下記条項を含む。)(「本件覚書」)を締結した上で退職し、現在、甲国のベッカという都市に住所を有する。
【契約条項】
第X条(競業避止義務)
Aは、R社退職後2年間、国及び地域、並びに役員・従業員等の地位を問わず、R社の競合他社において就業しないものとする。
第Y条(準拠法)
本覚書の成立および効力については、日本法を準拠法とする。
第Z条(国際裁判管轄)
本覚書に基づく訴えに関しては、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
● Aの退職から1年後、AがR社の競合他社にあたるB社(甲国法人・主たる営業所所在地:甲国)に転職したため、R社は、日本の裁判所において、Aに対し、当該転職後の就業が本件覚書第X条(競業避止義務)に違反するとして違約金請求の訴えを提起した。なお、甲国法は、下記趣旨の規定を有する。
【甲国法】
事業主であった者が、労働者であった者に対し、競業避止義務を課す契約条項は無効とする。
しばしば見られる事例ですね。
これまでと同様、広義の国際私法の観点で分析を加えてみましょう。
1.国際裁判管轄
(1)労働契約に関する訴え
(消費者契約及び労働関係に関する訴えの管轄権)
第三条の四
(略)
2 労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(以下「個別労働関係民事紛争」という。)に関する労働者からの事業主に対する訴えは、個別労働関係民事紛争に係る労働契約における労務の提供の地(その地が定まっていない場合にあっては、労働者を雇い入れた事業所の所在地)が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる。
3 消費者契約に関する事業者からの消費者に対する訴え及び個別労働関係民事紛争に関する事業主からの労働者に対する訴えについては、前条の規定は、適用しない。
● 趣旨
(民訴法3条の4第2項)
1.訴えを提起する労働者の便宜
2.訴えを提起される事業主の予測可能性を害さない。
【佐藤=小林・一問一答 97頁参照】
● 趣旨
(民訴法3条の4第3項)
「労働者が住所等のある国以外の国の裁判所に応訴することが困難であることを考慮したもの」
【佐藤=小林・一問一答 99頁】
● ポイント1(「便宜」)
原告となる労働者の便宜が図られている。
【具体化】
・「労務提供地地管轄」が認められている(民訴法3条の4第2項)。
ただし、「労務提供地」管轄自体が、事業主の利益をも相当程度考慮した結果として採用されており、消費者契約で認められていた「原告(消費者)住所地」管轄と同等の便宜までは与えられていない。
【注意】
国際的「消費者」とは異なり、国際的「労働者」の中には、専門的な知識・経験を有する者等、単に「弱者」とは呼び難い者も存在する。
● ポイント2(「保護」)
被告となる労働者の保護が図られている。
【具体化】
・「被告住所地管轄」が維持・強化されている(民訴法3条の4第3項・民訴法3条の2)。
● ポイント3(「意思」)
(仮に便宜・保護に適わないとしても) 労働者の意思が尊重されている。
【具体化】
・応訴管轄が排除されていない(民訴法3条の4第3項 ・民訴法3条の8)。
ここでは、3つのポイント(労働者の観点)さえ理解しておけば良いのですか?
いえ。
趣旨(民訴法3条の4第2項)にもある通り、事業主の観点も大切です。
ただ、ここでのテーマが「労働契約」であり、その主たる関心事は労働者保護ですので、その観点から大胆に視点を設定することで理解が進む面が大きいと考えています。
本事案における訴えは、父の会社(R社・事業主)からAさん(労働者(覚書締結当時))に対するものですから、民訴法3条の4第2項には該当しません。また、民訴法3条の4第3項は、適用除外を定める条項ですから、それのみでは国際裁判管轄の有無は判断できません…
本事案においては、第Z条(国際裁判管轄)が規定されていましたね。それを見てみましょう。
(2)合意(労働契約)
(管轄権に関する合意)
第三条の七
当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについて定めることができる。
2~5 (略)
6 将来において生ずる個別労働関係民事紛争を対象とする第一項の合意は、次に掲げる場合に限り、その効力を有する。
一 労働契約の終了の時にされた合意であって、その時における労務の提供の地がある国の裁判所に訴えを提起することができる旨を定めたもの(その国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意については、次号に掲げる場合を除き、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなす。)であるとき。
二 労働者が当該合意に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき、又は事業主が日本若しくは外国の裁判所に訴えを提起した場合において、労働者が当該合意を援用したとき。
● 趣旨
(民訴法3条の7第6項1号本文)
○ 趣旨
(「労働契約の終了の時」にされた合意への限定)
「労働契約の締結時や労働契約の継続中と異なり、労働契約の終了時であれば、労働者と事業主との交渉上の格差は比較的小さいと考えられる」ため。
○ 趣旨
(「労務の提供の地」(「労務提供地」)がある国の裁判所に係る管轄合意を有効とした趣旨)
1.労働者にとり、事業主の主たる営業所のある国の裁判所での応訴は、大きな負担となる。
2.事業主にとり、訴え提起時の労働者の住所地等での訴え提起は、労働者に対する責任追及を困難にすることがある。等
⇒ そこで、事業主・労働者双方の利益を衡量し、労務提供地に係る管轄合意を有効とした。
○ 趣旨
(「その時における」労務提供地への限定)
・ 「労働者は、労働契約の終了時点での労務提供地がある国に住所を有することが少なくなく、労務を提供していた国であれば、その法制度、言語等をある程度知悉していると考えられる上、」
・ 「労働契約終了後に住居を移転した場合であっても、労働契約終了時の労務提供地がある国で当該労働契約に関する紛争を解決することをある程度予期していたともいえる」ため。
● 趣旨
(民訴法3条の7第6項1号括弧書き)
労働者による訴え提起の便宜等
● 趣旨
(民訴法3条の7第6項2号)
「合意に完全な効力を認めたとしても労働者の利益を損なうことはないと考えられることに基づくもの」
【佐藤=小林・一問一答 151・152・154・147頁】
● ポイント1(「便宜」)
原告となる労働者の便宜が図られている。
【具体化】
・ (契約終了時の)労務提供地管轄が認められている(民訴法3条の7第6項1号本文)。
ただし、「労務提供地」管轄自体が、事業主の利益をも相当程度考慮した結果として採用されており、消費者契約で認められていた「原告(消費者)住所地」管轄と同等の便宜までは与えられていない。
・ 労働者による(契約終了時の)労務提供地以外での提訴も原則として制限されていない(民訴法3条の7第6項1号括弧書き・民訴法3条の4第2項・民訴法3条の3等)。
【注意】
国際的「消費者」とは異なり、国際的「労働者」の中には、専門的な知識・経験を有する者等、「弱者」とは呼び難い者も存在する。
● ポイント2(「保護」)
被告となる労働者の保護が図られている。
【具体化】
・ 事業主から労働者に対する訴えにつき、「被告住所地管轄」が維持されている(民訴法3条の7第6項1号括弧書き・民訴法3条の2)。
● ポイント3(「意思」)
(仮に便宜・保護に適わないとしても)消費者の意思が尊重されている。
【具体化】
・ 消費者による専属的管轄合意の遵守・援用が認められている(民訴法3条の7第6項2号)。
【補足】
「日本…の裁判所」(民訴法3条の7第6項2号)以外の「裁判所」(民訴法3条の7第6項)として、(1)「外国の」「裁判所」、及び(2)(日本の裁判所に加え)外国の裁判所も含む一般的な「裁判所」との文言があり、いずれも間接管轄を想定した規定となっている(「設例」を用いて後述)。
本事案においては、「労働契約の終了の時にされた合意」(民訴法3条の7第6項1号本文)である本件覚書第Z条(国際裁判管轄)により、「その時における労務の提供の地がある国」の1つである日本の裁判所が合意管轄裁判所とされています。
したがって、本事案においては、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められます。
それでは次に、準拠法選択につき検討しましょう。
本事案においても、日本・甲国の法律が異な(りう)るため、その必要性がありますから。
2.準拠法選択
(1)労働契約
(労働契約の特例)
第十二条 労働契約の成立及び効力について第七条又は第九条の規定による選択又は変更により適用すべき法が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法以外の法である場合であっても、労働者が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示したときは、当該労働契約の成立及び効力に関しその強行規定の定める事項については、その強行規定をも適用する。
2 前項の規定の適用に当たっては、当該労働契約において労務を提供すべき地の法(その労務を提供すべき地を特定することができない場合にあっては、当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法。次項において同じ。)を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。
3 労働契約の成立及び効力について第七条の規定による選択がないときは、当該労働契約の成立及び効力については、第八条第二項の規定にかかわらず、当該労働契約において労務を提供すべき地の法を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。
● 趣旨
(通則法12条3項)
・ 「労働契約の準拠法については…労務提供地の法が密接に関係するものと考えられ」るため。
・ 「労働者も通常自己の常居所地法より労務提供地の法による保護を期待していると考えられ」るため。
【小出・一問一答 82頁】
● 趣旨
(通則法12条2項による推定の趣旨)
・ 同上
● 趣旨
(通則法12条1項が特定の地の法を準拠法としていない趣旨)
・ 労働契約の内容は多種多様であり、(労働契約と密接な関係を有するとは言い難い労働者の常居所地は勿論)労務提供地であっても、必ずしも労働契約に密接に関係するとは限らないため。
● 趣旨
(方式に関する規定がない趣旨)
・ 「継続的な関係である労働契約については, 方式の有効性の制限につながる特則を設けて労働契約の成立の余地を狭めることが必ずしも労働者の保護になるとは限らず, むしろ, 方式の有効性は通常のルールによらせた上で, 労働契約の成立および効力について, その最密接関係地法による保護を与えることが適当である」ため。
【小出・一問一答 81頁】
本事案においては、Aは「甲国を主な拠点としつつ…営業活動に取り組んでいた」とのことですから、労務提供地は甲国に特定されると考えられます。その結果、甲国法が、本事案における「労働契約に最も密接な関係がある地の法」と推定されます(通則法12条2項本文・1項)。なお、Aさんを「雇い入れた事業所の所在地の法」(通則法12条2項括弧書き)としての甲国法、ではありません。
「時折アジア各国 (日本を含む)に出張 」という事実からは、甲国以外の国とより密接な関係を有していたとは考え難く、当該推定を覆すのは難しいように思われます。
そうすると…
日本法を契約の準拠法と定める本件覚書第Y条(準拠法)が存在するにも関わらず、Aさんが、競業避止義務を無効とする甲国法適用の「意思」「表示」をすれば(通則法12条1項)、本件覚書第X条(競業避止義務)は無効となり、父の会社(R社)による請求は棄却されそうですね。
3.外国判決の承認・執行
【設例】
● R社は、Aが日本におけるのと同等の財産を甲国にも所有すること、及び諸事情により甲国営業所を通じての訴訟追行が便宜であること等から、本件覚書第Z条(国際裁判管轄)があるにも関わらず、甲国ベッカ地方裁判所において、Aに対し、本件覚書第X条(競業避止義務)違反に基づく違約金請求の訴えを提起し、Aの応訴がないまま、勝訴の確定判決を得た。
(1)間接管轄(労働契約関連)
(外国裁判所の確定判決の効力)
第百十八条
外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
一 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。
二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
三 判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
四 相互の保証があること。
(管轄権に関する合意)
第三条の七
当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについて定めることができる。
2~5 (略)
6 将来において生ずる個別労働関係民事紛争を対象とする第一項の合意は、次に掲げる場合に限り、その効力を有する。
一 労働契約の終了の時にされた合意であって、その時における労務の提供の地がある国の裁判所に訴えを提起することができる旨を定めたもの(その国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意については、次号に掲げる場合を除き、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなす。)であるとき。
二 労働者が当該合意に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき、又は事業主が日本若しくは外国の裁判所に訴えを提起した場合において、労働者が当該合意を援用したとき。
本設例につき、いわゆる鏡像理論(間接管轄の有無につき、日本の民訴法上の国際裁判管轄(直接管轄)基準と同じ基準に基づき判断する理論)によると、どのような結論になるでしょうか?
まず、民訴法3条の7第6項2号については、労働者、即ち本設例におけるAさんの立場に立つ者からの訴えに関する規定ですから、本設例とは無関係です。
そこで民訴法3条の7第6項1号を見ますと、その括弧書きにより、本件覚書第Z条(国際裁判管轄)が日本の東京地裁を専属的合意管轄裁判所と定めていたとしても、当該合意は、「その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意」とみなされます。
その結果、本設例においても、甲国に民訴法の定める管轄原因が認められれば、間接管轄が認められることになります。この点、甲国のベッカはAさんの現在の住所地ですから、甲国の裁判所(ベッカ地方裁判所)には被告住所地管轄(民訴法3条の2第1項)が認められ、その結果、R社(父の会社)の勝訴判決は間接管轄を有する裁判所による確定判決として、日本で承認・執行可能です。
Aさんの住所地国で訴訟が行われたのですから、Aさんとしても仕方ないのですね。
「Aが日本におけるのと同等の財産を甲国にも所有する」とのことですが、民訴法3条の3第3号(財産所在地管轄)も認められますか?
いえ。
甲国の裁判所の国際裁判管轄は、あくまで被告住所地管轄(民訴法3条の2第1項)として認められるものです。
事業主であるR社(父の会社)がAさんに対し訴えを提起する場合には、第3号に限らず、民訴法3条の3各号の管轄原因は認められないからです(民訴法3条の4第3項) 。なお、Aさんは応訴していませんので、応訴管轄は勿論認められません(民訴法3条の8)。
先程のご解説の通り、労働者「保護」の観点から、被告住所地管轄が維持・強化されていると理解しました。
まとめ
1.国際裁判管轄
● 民訴法3条の4第2項・3項
● 民訴法3条の7第6項
2.準拠法選択
● 通則法12条1項・12条2項
● 通則法8条1項・通則法12条3項(・通則法8条2項)
3.外国判決の承認・執行
● 民訴法118条1号
最後に、甲国法等の外国法への向き合い方については、こちらを参照しておいて下さい。
●「外国法(向き合い方)~準拠法として」
さて、良く考えてみると、「思うような営業成績を上げられなかった」Aさんに対し、競業避止義務を課す実益がどの程度あったのでしょうか?
当該義務とは別の義務として、在職中に得た秘密情報を漏洩しない等の義務は重要ですから、おそらく本件覚書においても当該義務を課す規定は置かれていたのでしょう。それ以上の対応が必要だったか否かについては疑問なしとはしません。
本事案における訴え提起は、結果的にも敗訴しそうですし、あまり生産的ではなかったかも知れませんよ。
生産といえば…
【第11回】 生産物責任の準拠法