【予備試験】憲法(令和2年)

問題

 報道機関による取材活動については,一般にその公共性が認められているものの,取材対象者の私生活の平穏の確保の観点から問題があるとされ,とりわけ,特定の事件・事象に際し取材活動が過熱・集中するいわゆるメディア・スクラムについて,何らかの対策がとられる必要があると指摘されてきた。中でも,取材活動の対象が,犯罪被害者及びその家族等となる場合,それらの者については,何の落ち度もなく,悲嘆の極みというべき状況にあることも多いことから,報道機関に
対して批判が向けられてきた。
 そのような状況の下で,犯罪被害者及びその家族等の保護を目的として,これらの者に対する取材活動を制限する立法が行われることとなった。
 具体的には,まず,「犯罪及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす行為」を「犯罪等」とし,「犯罪等により害を被った者及びその家族又は遺族」を「犯罪被害者等」とした上で,報道を業とする者(個人を含む。以下「報道関係者」という。)の取材活動について,犯罪被害者等に対して取材及び取材目的での接触(自宅・勤務先等への訪問,電話,ファックス,メール,手紙,外出時の接近等)を行うこと(以下「取材等」という。)を禁止する。ただし,当該犯罪被害者等の同意がある場合はこの限りでない(この同意は,報道関係者一般に対するものでも,特定の報道関係者に対するものでもあり得る。)。なお,捜査機関は,捜査に当たる場合には,犯罪被害者等が取材等に同意するか否かについて確認し,報道関係者から問合せがあった場合には回答するものとするほか,犯罪被害者等が希望する場合には,その一部又は全員が取材等に同意しないことを記者会見等で公表することもできる。
 次に,以上の取材等の禁止(犯罪被害者等の同意がある場合を除く。)に違反する報道関係者があった場合,捜査機関が所在する都道府県の公安委員会は,当該報道関係者に対して,行政手続法等の定めるところに従い憲法上適正な手続を履践した上で,取材等中止命令を発することができる。この命令に違反した者は処罰される。したがって,犯罪被害者等へ取材等を行うことは,犯罪被害者等の同意がある場合を除き禁止されるが,直ちに処罰されるわけではなく,処罰されるのは取材等中止命令が発出されているにもかかわらず,取材等を行った場合であるということになる。
 なお,犯罪被害者等は,取材等中止命令の解除を申し出ることができ,その場合,当該命令は速やかに解除される。また,上述のとおり,犯罪被害者等の同意がある場合は,取材等の禁止は適用されない。
 以上のような立法による取材活動の制限について,その憲法適合性を論じなさい。

【出典:法務省ウェブサイト (001330819.pdf)】

解答例

第1 本問では、報道関係者の犯罪被害者等に対する取材等が制限されている。
 取材等に係る取材の自由について、表現の自由の沿革は思想・意見の発表の自由にあるものの、かかる発表は取材があって初めて充実するものであり(自己実現の価値)、また当該自由は国民の知る権利に奉仕することから(自己統治の価値)、21条により保障されると解される。判例も博多駅TVフィルム事件において、十分に尊重に値するとは判示している。
第2 しかし、本問立法により、取材等中止命令が発せられ、その違反に対し罰則が科せられることから、取材の自由は制限されている。
第3 もっとも、取材の自由も無制約なものでははく、公共の福祉(12条、13条)による合理的制限を受ける。
 この点、取材の自由は上述の通り、権利の性質上重要なものである。他方、本問における規制態様は、最終的には罰則をもってするものであり、強度といえる。
 そこで、本問立法の憲法適合性については、①その目的がやむに已まれぬものであり、かつ②その目的が必要不可欠・必要最小限といえるか否かという基準により決せられるものと解される。
第4 ①について
 本件立法の目的は、犯罪被害者及びその家族等の保護である。
 犯罪被害者等については、犯罪等による被害にとどまらず、悲嘆の極みにあることから、メディア・スクラムが生じた場合、例えば治療を要する程の心理的負担を受ける等の二次的被害が想定される。
 これは、犯罪等による被害を拡大するものであり、それを防止すべく犯罪被害者等の保護を図る立法目的はやむにやまれるものにあたる。
第5 ②について
 本問法律は、例えば深夜に電話等の過剰な取材をする特定の報道関係者に対する者に限られず、「報道関係者一般」をも対象とするものであり、その対象者は広い。
 しかし、かかる一般的な規制により、取材等が一切行われることがなくなり、例えば事件の真相を追及するため、或いは将来の同種犯罪の予防のため、取材に応じていただく等の説得をする機会すら与えられないこととなる。
 一般的な制限でなくとも、例えばNHK等の準国営の報道機関と放送法等による適切な規制を受けている民放数社に限定した取材を認め、犯罪被害者等の物的・心的負担を和らげつつの取材を認めることは十分可能である。
 よって、本問立法は、「報道関係者一般」について一切の取材を禁止し、その違反について最終的には罰則を以て強制している点において、必要不可欠・必要最小限とはいえない規制手段を用いている。●補足:「捜査機関を同意確認のための主たるルートとすることの問題性」についても。
第6 結論
以上より、本問立法は違憲である。
以上

出題の趣旨

 本問は,犯罪被害者等の私生活の平穏の確保を目的とする取材の自由の制限について,その憲法適合性を問うものである。取材の自由を,関連判例も参照しつつ,表現の自由との関係で適切に位置付けた上で,その制約の憲法適合性に関する判断枠組みを的確に定立し,本問の立法が憲法に適合するか否かについて,その目的と手段を評価して判断することが求められる。
 一方で,犯罪被害者等の私生活の平穏の確保は,それをある程度限定的に捉えるならば,取材活動を制約する立法目的として十分に重要なものでありえよう。また,犯罪被害者等にはそもそも取材に応じる義務はない。加えて,本問の立法による処罰は命令の発出を経た段階的なものとなっている。
 他方で,私生活の平穏ということを幅広く理解すれば,取材活動を制約する根拠としてこれを直ちに承認することは困難である。また,基本的には公共性を有するはずの犯罪報道について,本問の立法は,当該報道の内容や性質,犯罪の種類や犯罪被害者等の立場などにかかわらずに,取材活動を,取材目的での接触を行うことについてまで,同意のない限り一律に禁止し,命令違反については刑罰をもって臨んでいる。
 解答に当たっては,以上のような諸点について類型的・具体的に想定をして検討することが求められよう。捜査機関を同意確認のための主たるルートとすることの問題性や,犯罪被害者等の心情が時間とともに,また,取材者とのコミュニケーションの中で変化する可能性についても,考慮して論じることが期待される。

【出典:法務省ウェブサイト (001340861.pdf