【第19回】 婚姻(成立)の準拠法
…というわけなんです。
姪は、まだ大学1年生なのですが、どうしても彼と一緒になりたいらしく…
目次
テーマ
1.国際裁判等管轄等
● 渉外戸籍
2.準拠法選択等
● 婚姻(形式的成立要件)の準拠法
● 婚姻(実質的成立要件)の準拠法
● 反致
3.外国判決等の承認・執行等
● 外国で成立した婚姻関係
事案
● 律子の姪A(日本人・日本居住・19歳)は、交際中のB(甲国人・甲国居住・24歳・男)からプロポーズされ、結婚する意思を固めた。
● 結婚式を日本で行うことにつきA・Bの意見は一致しているものの、その具体的方法については、Aは日本の神社における一般的なものを、Bは本国である甲国民法上の「セレモニ」によることを希望している。
● 結婚式の後、A・Bは、日本において婚姻届を提出する予定である。
● なお、甲国法として、次に挙げる趣旨の法がある。
【甲国国際私法】
・ 婚姻の成立は、各当事者につき、その本国法による。
・ 婚姻の方式は、当事者の一方の本国法による。
【甲国民法】
・ 男は、22歳に、女は、20歳にならなければ、婚姻をすることができない。
・ 婚姻は、法律の定めるところにより「セレモニ」を行うことによって、その効力を生ずる。
本事案も、日本・甲国に跨ることから、「国際的私法関係」に属しますね。これまでと同じく(広義の)国際私法の観点から考えて行きましょう。暫く前まで話題にしていた財産法分野に属する事項とは異なり、本事案のように「人事」・「家事」に関係する事項には、様々な特殊性があります。引き続き、その点に留意しながら進みましょう。
本事案では、訴えの提起等はされておらず、国際裁判管轄は問題となりません。
しかし、「管轄」と言う点では、日本の法務大臣・市区町村長が管掌する戸籍(渉外戸籍)が関係してきますね。「国際裁判等管轄等」の末尾の「等」の問題として、従前通りの項目立てでお話をして行きますね。
姪御さん達(A・B)は、「日本において婚姻届を提出する予定」との事ですから、ここで戸籍について概説しておきましょう。
1.国際裁判等管轄等
(1)渉外戸籍~婚姻の届出を例に
民法
(婚姻の届出)
第七百三十九条 婚姻は、戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。
2 前項の届出は、当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で、又はこれらの者から口頭で、しなければならない。
●戸籍
・日本国民の人事・身分を登録・公示・公証する。本来的には、日本国民のみを対象とする。しかし、例外(渉外戸籍)がある。後述。
● 戸籍法上の届出
・創設的届出
法律行為を完成させる届出
・報告的届出
既に生じた事実・法律行為を戸籍に記録するための届出
婚姻の届出(民法739条)は、届出により「効力を生ずる」ことから、創設的届出ですね。
なお、戸籍制度の運用の大枠については、次の条文を一読し、凡そのイメージは持っておいて下さい。
戸籍法
第一章 総則
第一条 戸籍に関する事務は、この法律に別段の定めがあるものを除き、市町村長がこれを管掌する。
2 前項の規定により市町村長が処理することとされている事務は、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二条第九項第一号に規定する第一号法定受託事務とする。
第二条 (略)
第三条 法務大臣は、市町村長が戸籍事務を処理するに当たりよるべき基準を定めることができる。
2 市役所又は町村役場の所在地を管轄する法務局又は地方法務局の長(以下「管轄法務局長等」という。)は、戸籍事務の処理に関し必要があると認めるときは、市町村長に対し、報告を求め、又は助言若しくは勧告をすることができる。この場合において、戸籍事務の処理の適正を確保するため特に必要があると認めるときは、指示をすることができる。
3 (略)
4 (略)
第四条 この法律中市、市長及び市役所に関する規定は、特別区においては特別区、特別区の区長及び特別区の区役所に、地方自治法第二百五十二条の十九第一項の指定都市においては区及び総合区、区長及び総合区長並びに区及び総合区の区役所にこれを準用する。
第五条 削除
● 渉外戸籍
下記の場合には、いわゆる「渉外戸籍」の問題となり、場合に応じて創設的届出・報告的届出が必要となる。現時点では深入り不要
1.日本における事件
(1) 事件の本人・当事者全員が外国人
戸籍法に基づく届出が必要な場合がある、とは認識しておく。
(2)事件の本人・当事者の一部が外国人
なお、1において当事者全員が日本人の場合、通常の戸籍の問題に過ぎない(渉外戸籍の問題ではない)。
2.外国における事件
(1)事件の本人・当事者全員が日本人
(2)事件の本人・当事者の一部が日本人
なお、2において当事者全員が外国人の場合、日本の戸籍自体と無関係。
本事案については、上記1(2)の場面ですね。
…日本国民法739条(婚姻の届出)の話をしていますが、そもそも日本国民法が適用される前提として、準拠法選択が問題となるのではないでしょうか?
既に国際私法的思考方法に馴染んで来たようですね。仰るとおりです。
それでは、これまでの話の前提(背後にある法的論理)を確認して行きましょう。
2.準拠法選択等
(1)婚姻(形式的成立要件(方式))~原則
通則法
第五節 親族
(婚姻の成立及び方式)
第二十四条 (略)
2 婚姻の方式は、婚姻挙行地の法による。
3 (略)
● 趣旨
(通則法24条2項)
「婚姻の方式は公の秩序に関するものである」から。
【南・解説 56頁】
● 単位法律関係
「婚姻の方式」
届出・儀式・宣誓等
● 連結点
婚姻挙行地
● 準拠法
婚姻挙行地法
婚姻の方式は、挙行地の公序に関するものなので、その地の法に従う必要がある、という考え方なのですね。
そうすると、姪(A)が希望する通り、二人は「日本の神社における一般的なもの」で結婚する必要があるのですね。
(笑)
方式は、婚姻の形式的成立要件のことですから、法的に検討すべきは、日本の民法上の届出(739条)と「セレモニ」のいずれによるか、です。
(「日本の神社における一般的なもの」、更には(仮に行うとして)日本で通常行われるような結婚披露宴・二次会等は、事実上の行為であり、ここでの法的検討には関係ありません。)
さて、本事案においては、原則として日本における婚姻届(民法739条)が必要となりますが、例外があるのです。
(2)婚姻(形式的成立要件(方式))~選択的連結
通則法
第五節 親族
(婚姻の成立及び方式)
第二十四条 (略)
2 婚姻の方式は、婚姻挙行地の法による。
3 前項の規定にかかわらず、当事者の一方の本国法に適合する方式は、有効とする。(以下略)
● 趣旨
(通則法24条3項本文)
1.「絶対的に挙行地法によらなければならないとすることは、当事者にとって不便であるし、」
2.「挙行地法法のみによるべきであるとするほど婚姻の方式の公序性ということを厳格に考える必要はないということができる。」
3.「また、本国では有効とされているのに日本では無効である跛行婚の現出を避けることが望ましいので」
【南・解説 56頁】
なお、「跛行婚」については、「片面的婚姻関係」等の表現を用いることもある。
● 単位法律関係
「婚姻の方式」
● 連結点
国籍
【補足】
婚姻の形式的成立要件(方式)については、婚姻挙行地法(通則法24条2項)・本国法(通則法24条3項本文)のいずれかの要件を充足すれば、有効に成立する。この連結方法は「選択的連結」と呼ばれ、法律関係の成立を容易にする機能がある。
● 準拠法
本国法
そうすると、Bさんが彼の本国(甲国)法上の方式として希望している「セレモニ」によっても、婚姻の形式的成立要件(方式)は充足するのですね。
早速姪に教え…
少々お待ちを。
(3)婚姻(形式的成立要件(方式))~日本人条項
通則法
第五節 親族
(婚姻の成立及び方式)
第二十四条 (略)
2 婚姻の方式は、婚姻挙行地の法による。
3 前項の規定にかかわらず、当事者の一方の本国法に適合する方式は、有効とする。ただし、日本において婚姻が挙行された場合において、当事者の一方が日本人であるときは、この限りでない。
● 趣旨
(通則法24条3項ただし書)
1.外国法上の方式に依拠することにより、日本人の身分関係が戸籍に記載されないまま婚姻の成立を認める事態は、回避する必要がある。
2.日本人が配偶者となる者の本国法(外国法)の方式により婚姻した場合も報告的届出は必要であり、創設的届出を要求しても格別の負担ではない。等
【南・解説 57-58頁参照】
そうすると、本事案においては、日本人である姪(A)とBさんとが日本で婚姻を挙行しようしているため、日本国民法上の届出(民法739条)が必須となるのですね…
一応理解はしましたが…しかし、本事案において、仮に姪(A)が甲国に行きBさんと「セレモニ」により婚姻を挙行した場合、「日本において婚姻が挙行された場合」ではないので、婚姻届(創設的届出)は不要なのですよね?日本から甲国までの移動は飛行機で2時間程度と聞いていますが、そうしさえすれば簡単に通則法24条3項ただし書の適用は受けなくて済むのであれば、そもそも当該規定は不要とも思われますが…
通則法24条3項ただし書は「日本人条項」と呼ばれているのですが、律子さんの仰るような点があり、また内外法の平等に反する等からも、立法論的には批判が強い条項ではあります。
ただ、現時点では深入りする必要は無いでしょう。
いずれにしても、無事二人が結婚できそうで安…
もう少々お待ちを。
(4)婚姻(実質的成立要件)
通則法
第五節 親族
(婚姻の成立及び方式)
第二十四条 婚姻の成立は、各当事者につき、その本国法による。
2 婚姻の方式は、婚姻挙行地の法による。
3 前項の規定にかかわらず、当事者の一方の本国法に適合する方式は、有効とする。ただし、日本において婚姻が挙行された場合において、当事者の一方が日本人であるときは、この限りでない。
● 趣旨
(通則法24条1項)
1.本国法主義
2.両性平等に適う。等
【南・解説 53頁参照】
● 単位法律関係
「婚姻の成立」
婚姻年齢(適齢)、近親婚・重婚の禁止、婚姻の無効・取消し等
● 連結点
国籍
● 準拠法
各当事者の「本国法」
● 「各」
各当事者につき、その本国法のみに照らし(相手方の本国法は関係なく)、実質的成立要件の充足の有無が判断される。
形式的成立要件(方式)とは別に、実質的成立要件も問題となるのですね。
確かに、実質法たる日本国民法上も、まずは婚姻の実質的成立要件に関する条文(731~738条)があり、その後に、婚姻の届出に関する条文(民法739~741条)が置かれています。なお、その後ろに、婚姻の無効・取消しの条文もありました(民法742~749条)。
本事案においては、姪(A)は19歳ですから、日本国民法(731条)上の婚姻年齢(適齢)(18歳)には達しており、またBは24歳ですから、甲国民法上の婚姻年齢(22歳)に達しています。二人は、各自の本国法上の実質的成立要件を充足し、無事婚姻できると理解しました。
甲国民法上女性の婚姻年齢(適齢)が20歳であり、19歳の姪(A)がそれに達していないことは、本事案には関係ないのですね。
その通りです。解説の便宜上、形式・実質の説明が前後しましたが。
さて、今回は深入りしませんが、下記問題点については、その存在だけでも、この機会に認識・復習しておきましょう。
● 一方要件・双方要件
・婚姻年齢(適齢)等(「一方要件」)とは異なり、例えば近親婚の禁止の場合、「近い親族」という当事者間の関係に係る要件であるため、一方当事者の本国法上の要件を他方当事者も充足する必要がある。そのような要件を「双方要件」と呼び、その判断基準が問題となる。
・現時点では、各当事者が双方の本国法上の要件を共に充足しなければ婚姻できない、と理解しておけば十分。
● 反致
・事案によっては問題となる(本事案における甲国国際私法とは異なり、当事者の本国国際私法が、婚姻挙行地法を婚姻の実質的成立要件の準拠法とする場合等)。ここでは立ち入らない。
さて、本事案では、訴えの提起等はされておらず、「外国判決の承認・執行」は問題となりません。
しかし、「外国」と言う点では、例えば外国で有効に成立した婚姻につき、日本においても有効に成立していることとなるのか?等の問題があります。「外国判決等の承認・執行等」の末尾の「等」の問題として、従前通りの項目立てで若干言及しておきます。
設例を見ましょう。
3.外国判決等の承認・執行等
【設例】
● 律子の姪A(日本人・日本居住・17歳)は、交際中のB(甲国人・甲国居住・24歳)からプロポーズされ、結婚する意思を固めた。
● しかし、Aは、日本の民法(731条)上、婚姻年齢(適齢)(18歳)に達していない。
● そこでA・Bは、乙国(女性の婚姻年齢(適齢)が16歳)において、乙国民法上の「デクラレ」という方式により婚姻した。
● なお、乙国法として、次に挙げる趣旨の法がある。
【乙国国際私法】
・ 婚姻の成立は、婚姻挙行地の法による。
・ 婚姻の方式は、婚姻挙行地の法による。
【乙国民法】
・ 男は、18歳に、女は、16歳にならなければ、婚姻をすることができない。
・ 婚姻は、戸籍法の定めるところにより「デクラレ」を行うことによって、その効力を生ずる。
(1)片面的婚姻関係
本設例の婚姻は、乙国法によれば有効に成立しますが、日本法によれば不成立です。片面的婚姻関係となります。
姪御さん(A)につき、実質的成立要件(通則法24条1項・民法731条)を充足していないためです。
(なお、当該婚姻は、先程見た「事例」における甲国法によっても不成立です。甲国国際私法上、「婚姻の方式は、当事者の一方の本国法による。」と規定されているにも関わらず、日本法上の届出(民法739条)・甲国法上の「セレモニ」のいずれもなされていませんから。形式的成立要件(方式)を充足していません。)
片面的婚姻関係につき本設例に即して言えば、姪御さん(A)とBさんとの婚姻が、乙国では認められているが、甲国・日本では認められていない状態です。例えば、姪御さん(A)とBさんとが、旅行・留学・仕事等で関係各国を移動すること等を想像すると、国際的な私法関係の安定・円滑等の観点からは決して望ましくはありません。しかし、各国の法律(婚姻法)が異なる現実においては、不可避的に発生する事態ではあります。
ここで念のため注意が必要なのは、通則法は訴訟等の場面でのみ適用されるのではない、ということです。
本設例においては、外国判決が下された場面ではありませんので、手続法(民訴法118条等)上の「承認」は問題とならないのですが、実体法上、乙国で挙行された婚姻の成立が認められていない状態にある、ということですね。
訴訟等の場面に頭が凝り固まっていましたが、片面的婚姻関係のイメージが持てました。
まとめ
1.国際裁判等管轄等
● 戸籍法1条・3条・4条
2.準拠法選択等
● 通則法24条1項・2項・3項本文・ただし書
● 民法731条・739条
3.外国判決等の承認・執行等
● 該当なし
最後に、甲国法等の外国法への向き合い方については、こちらを参照しておいて下さい。
●「外国法(向き合い方)~準拠法として」
さて、本事案に話を戻すと、もしどうしてもBさんが「セレモニ」を希望するのであれば、そしてそれが法律婚成立要件としての拘りでないのであれば、事実上の儀式として執り行えば良いでしょう。「結婚式」を2回した想い出も、「夫婦の財産」となるはずです。
「夫婦の財産」といえば…
【第20回】 婚姻(効力)の準拠法(夫婦財産制を含む)