【第12回】 名誉・信用毀損の準拠法
…というわけなんです。
Bは、メンタル・フィジカル・テクニック全てに優れ、お気に入りの選手なのですが。
目次
テーマ
1.国際裁判管轄
● 主たる営業所等所在地管轄
2.準拠法選択
● 名誉・信用毀損の準拠法
● 事務管理・不当利得の準拠法
3.外国判決の承認・執行
● 国際保全
事案
● 出版社A社(日本法人。主たる営業所所在地は日本)がインターネット上で公開するオンライン雑誌において、律子が好きなサッカー選手B(甲国居住)が「八百長に関与している」旨の記事(「本件記事」)が掲載された。
● Bは、事実無根の本件記事により名誉を毀損されたとして、日本の裁判所において、A社に対し、慰謝料請求の訴えを提起した。
律子さんは、趣味がテニスだったはずですが、サッカーも観るのは好きなのですね。
さて、本事案も、「国際的私法関係」に属することから、国際私法の観点で考えてみましょう。
1.国際裁判管轄
(1)主たる営業所等所在地
(被告の住所等による管轄権)
第三条の二 裁判所は、人に対する訴えについて、その住所が日本国内にあるとき、住所がない場合又は住所が知れない場合にはその居所が日本国内にあるとき、居所がない場合又は居所が知れない場合には訴えの提起前に日本国内に住所を有していたとき(日本国内に最後に住所を有していた後に外国に住所を有していたときを除く。)は、管轄権を有する。
2 裁判所は、大使、公使その他外国に在ってその国の裁判権からの免除を享有する日本人に対する訴えについて、前項の規定にかかわらず、管轄権を有する。
3 裁判所は、法人その他の社団又は財団に対する訴えについて、その主たる事務所又は営業所が日本国内にあるとき、事務所若しくは営業所がない場合又はその所在地が知れない場合には代表者その他の主たる業務担当者の住所が日本国内にあるときは、管轄権を有する。
ここでは、自然人同様、会社についても、その本拠地即ち「主たる営業所」所在地の裁判所の国際裁判管轄が認められる、と理解しておけば十分です。
本事案においては、A社の「主たる営業所」が日本に所在することから、日本の裁判所の国際裁判管轄は問題なく認められますね。
2.準拠法選択
(1)名誉・信用毀損
(名誉又は信用の毀損の特例)
第十九条 第十七条の規定にかかわらず、他人の名誉又は信用を毀損する不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、被害者の常居所地法(被害者が法人その他の社団又は財団である場合にあっては、その主たる事業所の所在地の法)による。
● 趣旨
(名誉・信用毀損の場合に通則法17条の結果発生地法を適用することの不都合性)
・「被侵害利益が名誉または信用という無形の存在であるため, …第17条の規定をそのまま適用した場合には, 結果発生地を一義的に確定することが困難となる」ため(小出・一問一答 110頁)。
・「名誉を毀損する情報が複数の国に伝播したような場合に…各地域ごとに異なる不法行為が成立…のような考え方については, …当事者間の紛争解決を複雑にするという問題」がある(小出・一問一答 111頁)。
● 趣旨
(通則法19条が「被害者の常居所地法」(主たる事業所の所在地の法)を準拠法とした趣旨)
・ 「被害者保護を図ることができる」
・ 「加害者にとっても, 被害者の常居所は通常知り得ると考えられることから, …予見可能性にも配慮することができる」
・ 「通常は, 被害者の常居所地のある国において最も重大な損害が発生していると考えられる」
【小出・一問一答 111頁】
● 名誉・信用以外の権利
(例:プライバシー権・肖像権等)
現時点では、否定説(文理解釈)と肯定説(類推解釈)とが対立している、という点だけ認識しておけば十分。
本事案については、被害者B(甲国居住)の常居所地は甲国にあると考えられますから、常居所地法である甲国法に照らし、慰謝料請求権の成立・効力が決せられるということになりますね。
訴訟の帰趨が気にはなりますが、国際私法の機能を超えますので、実質法である甲国法の内容とその適用結果には踏み込みません…
隔靴掻痒の感が否めませんが、少なくとも現時点では、その姿勢で必要十分です。
さて、通則法19条の話を以って国際私法上の「不法行為」につき一通り概観したことになるのですが、今回の事案については、国際裁判管轄・準拠法選択の検討共にスムーズに進んでいますね。
それでは、この機会に、事務管理・不当利得(通則法上、不法行為と類する規律がされている)につき、若干の言及をしておきましょうかね。
(2) 事務管理・不当利得
(事務管理及び不当利得)
第十四条 事務管理又は不当利得によって生ずる債権の成立及び効力は、その原因となる事実が発生した地の法による。
● 趣旨
(通則法14条が「原因となる事実が発生した地の法」を準拠法とする趣旨)
・「隔地的な事務管理や不当利得の発生は、実務上それほど頻繁に生じるとは考えられず」
・「むしろ, 事務管理や不当利得の多様性にかんがみれば, 原因事実発生地を柔軟に解釈することによって当該事案にふさわしい連結点を確定する余地を残しておくことが望ましい」
【小出・一問一答 93頁】
(明らかにより密接な関係がある地がある場合の例外)
第十五条 前条の規定にかかわらず、事務管理又は不当利得によって生ずる債権の成立及び効力は、その原因となる事実が発生した当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと、当事者間の契約に関連して事務管理が行われ又は不当利得が生じたことその他の事情に照らして、明らかに同条の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは、当該他の地の法による。
● 趣旨
不法行為に関する通則法20条(明らかにより密接な関係がある地がある場合の例外)と同様。
(●「【第5回】 不法行為の準拠法(2)」→「2.準拠法選択」→「(2) 明らかにより密接な関係がある地がある場合(例外)」)
(当事者による準拠法の変更)
第十六条 事務管理又は不当利得の当事者は、その原因となる事実が発生した後において、事務管理又は不当利得によって生ずる債権の成立及び効力について適用すべき法を変更することができる。ただし、第三者の権利を害することとなるときは、その変更をその第三者に対抗することができない。
● 趣旨
不法行為に関する通則法21条(当事者による準拠法の変更)と同様。
(●「【第5回】 不法行為の準拠法(2)」→「2.準拠法選択」→「(5) 当事者による準拠法の変更」)
通則法15条が20条に相当し、16条が21条に相当するので、メジャーな不法行為の条文から見ると、条文番号「-5で事務管理・不当利得」ということですね。
さて、やはり気になるので本事案に話を戻しますが、仮に甲国法上Bの慰謝料請求が認められても、日本国民法723条(名誉毀損における原状回復)に類する条項がない限り、Bの名誉の回復は難しそうですね…
その通りですね。
大スターで高額の年俸を得ているBとしては、多少の慰謝料を受け取ることに意味は無く、おそらく本事案における訴訟についても、ある種「身の潔白を公に示す」ためだったのでしょう。
事前に本件記事のアップロードを止めることができれば良かったのですが。それでは、折角の機会ですので、架空の設例を用いて、国際保全について若干の解説をしておきますね。
3.外国判決の承認・執行
【設例】
● 律子が好きなサッカー選手B(甲国居住)は、「Bが八百長に関与している」旨の記事が、 出版社A社(日本法人。主たる営業所所在地は日本)所有のサーバーに近々アップロードされようとしているとの情報を得た。
● そこで、Bは、自己の名誉が毀損されるおそれがあるとして、日本の裁判所において、当該アップロード差止めの仮処分を求める申立てをした。
国際保全処分(仮差押・係争物に関する仮処分・仮の地位を定める仮処分)手続の中にも、判決に至る訴訟手続同様、下記3段階がある。
(1)国際裁判「管轄」
(2)保全「命令」手続
(3)保全「執行」手続
追って(3)につき「外国保全処分の承認・執行」として言及すること等から、便宜上、上記(1)・(2)についても、この「3.外国判決の承認・執行」の箇所でまとめて扱うこととします。
なお、民事保全法は適宜「民保法」と略しますね。
(1)国際保全(国際裁判管轄)
民事保全法
第二節 保全命令
第一款 通則
(保全命令事件の管轄)
第十一条 保全命令の申立ては、日本の裁判所に本案の訴えを提起することができるとき、又は仮に差し押さえるべき物若しくは係争物が日本国内にあるときに限り、することができる。
本設例については、A社の主たる営業所所在地(民訴法3条の2第3項)である「日本の裁判所に本案の訴えを提起することができる」(民保法11条)場合に該当するため、国際裁判管轄は肯定されると考えられます。
(2)国際保全(保全命令手続)
(申立て及び疎明)
第十三条 保全命令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして、これをしなければならない。
2 保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。
第三款 仮処分命令
(仮処分命令の必要性等)
第二十三条 係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
3 第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。
4 第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。
国際裁判管轄が認められた上で、Bが、いわゆる被保全権利・保全の必要性(民保法13条1項)につき疎明(民保法13条2項)し、裁判所が、「著しい損害…を避けるためこれを必要とする」(民保法23条2項)と判断すれば、本設例において仮処分がされると考えられます。
ただ、準拠法である甲国法上、どの程度の「疎明」を要するか等、国際私法特有の問題が存在します。
(3)国際保全(外国保全処分の承認・執行)
この点については、かなり細かい話ですので「設例」には登場させませんでしたが、外国判決の承認・執行の理論を応用し検討できる点において、「3.外国判決の承認・執行」の箇所で扱うに相応しい問題とも言えます。自分なりに考えてみて下さい。
さて、以上「国際保全」について概観しましたが、全体的に細かい話でもありますから、少なくとも現時点では、「日本の裁判所」(民保法11条)という国際保全を想定した文言が存在する点を確認した上、その他の条文を一読しておけば十分です。
まとめ
1.国際裁判管轄
● 民訴法3条の2第3項
2.準拠法選択
● 通則法19条
● 通則法14条
● 通則法15条
● 通則法16条
3.外国判決の承認・執行
● 民保法11条
● 民保法13条
● 民保法23条
最後に、甲国法等の外国法への向き合い方については、こちらを参照しておいて下さい。
●「外国法(向き合い方)~準拠法として」
さて、他人の好きなスポーツ・選手については、なかなか共感が難しいところがありますが、実際にそのスポーツをやってみると、様々な気付き・興味等が生まれ、また違った感想になるのでしょうね。「第三者」的立場でいるのではなく。
「第三者」と言えば…
【第13回】 債権譲渡の準拠法