【第9回】 消費者契約の準拠法

律子

…というわけなんです。

リナウドのファンなのですが、実際手に入れてみたところ「本物感」がなく…

テーマ

1.国際裁判管轄
● 消費者契約関連管轄

2.準拠法選択
● 消費者契約の準拠法

3.外国判決の承認・執行
● 間接管轄(消費者契約関連)

事案

● 律子は、 A社(甲国法人・主たる営業所所在地:甲国)から、当該主たる営業所が主催する絵画の展示販売会(甲国にあるサッカー場で開催)のダイレクトメールを受信した。

● そこで、律子は、甲国に赴き当該展示販売会に参加し、お気に入りの画家リナウドの絵画(約10万円)(「本件絵画」)の売買契約(書)(「本件売買契約(書)」)を取り交わし、その場で代金を支払い、絵画の引渡しを受けた。

●本件売買契約に際し、律子は、A社の担当者から、「この絵は原画(オリジナル)です。」との説明(当該担当者の過失によるもの)を受けた。しかし、実際には、本件絵画は複製(レプリカ)であった。

●本件売買契約書には、下記に掲げる契約条項が規定されている。なお、合意管轄条項は規定されていない。
【契約条項】
第X条(準拠法)
 本契約の成立および効力については、甲国法を準拠法とする。


● 帰国して数日後、律子は、全国紙の絵画紹介記事により、本件絵画の原画(オリジナル)は、兵庫県神戸市に住む学生が所有していることを知った。そこで、本件売買契約の申込みの意思表示を取り消し、本件売買契約の代金の返金を受けるべく、A社に対し、速やかに取消しの通知を発信した。

● それにも関わらずA社が返金に応じないため、律子は、日本の裁判所において、A社に対し、本件売買契約の代金返還請求の訴えを提起した。

【甲国法】
 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して重要事実について事実と異なることを告げたことにより、当該告げられた内容が事実であるとの誤認をし、それによって当該消費者契約の申込みまたはその承諾の意思表示をしたときであっても、当該事業者に故意がなければ、これを取り消すことができない。

ワヴィニー

絵画に限らず、そのようなことはままあることですね。

これまでと同様、広義の国際私法の観点で分析を加えてみましょう。

消費者契約に関しては、民訴法・通則法双方に比較的詳細な規定が設けられています。ここでは、それらを趣旨から理解することが必要であり、かつそれで十分です。

1.国際裁判管轄

(1)消費者契約に関する訴え

消費者契約及び労働関係に関する訴えの管轄権)
第三条の四 消費者(個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。以下同じ。)と事業者(法人その他の社団又は財団及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。以下同じ。)との間で締結される契約(労働契約を除く。以下「消費者契約」という。)に関する消費者からの事業者に対する訴えは、訴えの提起の時又は消費者契約の締結の時における消費者の住所が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる。

2 (略)

3 消費者契約に関する事業者からの消費者に対する訴え及び個別労働関係民事紛争に関する事業主からの労働者に対する訴えについては、前条の規定は、適用しない

● 趣旨
(民訴法3条の4第1項)
1.訴えを提起する消費者の便宜
2.訴えを提起される事業者の予測可能性を考慮。等

【佐藤=小林・一問一答 87頁参照】

● 趣旨
(民訴法3条の4第3項)
消費者が住所等のある国以外の国の裁判所に応訴することが困難であることを考慮したもの」

【佐藤=小林・一問一答 88頁】

● ポイント1(「便宜」)
原告となる消費者の便宜が図られている。
【具体化】
・(契約締結時、又は訴え提起時の)「原告住所地管轄」が認められている(民訴法3条の4第1項)。

● ポイント2(「保護」)
被告となる消費者の保護が図られている。
【具体化】
・「被告住所地管轄」(民訴法3条の2)が維持・強化されている(民訴法3条の4第3項)。

● ポイント3(「意思」)
(仮に便宜・保護に適わないとしても) 消費者の意思が尊重されている。
【具体化】
・応訴管轄(民訴法3条の8)は排除されていない(民訴法3条の4第3項 )。 

律子

本事案においては、少なくとも民訴法3条の4第1項に基づき、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められますので、私の「便宜」に適います。

ここでは、3つのポイントさえ理解しておけば良いのですか?

ワヴィニー

いえ。
趣旨にもある通り、事業者の観点も大切です。

ただ、ここでのテーマが「消費者契約」であり、その主たる関心事は消費者保護ですので、その観点から大胆にポイント(視点)を設定しました。それにより、少なくとも、入門段階における理解や整理が進むと考えています。

さて、良い機会ですので、本事案には直接関係のない条文も見ておきましょう。

(2)合意(消費者契約)

(管轄権に関する合意)
第三条の七 当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについて定めることができる

2~4(略)

5 将来において生ずる消費者契約に関する紛争を対象とする第一項の合意は、次に掲げる場合に限り、その効力を有する
一 消費者契約の締結の時において消費者が住所を有していた国の裁判所に訴えを提起することができる旨の合意(その国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意については、次号に掲げる場合を除き、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなす。)であるとき。
二 消費者が当該合意に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき、又は事業者が日本若しくは外国の裁判所に訴えを提起した場合において、消費者が当該合意を援用したとき。

6 (略)

● 趣旨
(民訴法3条の7第5項1号本文)
1.消費者、事業者双方の予測可能性確保
2.消費者による応訴も困難であるとはいえないと考えられる。等

【佐藤=小林・一問一答 145頁参照】

● 趣旨
(民訴法3条の7第5項1号括弧書き)

消費者による訴え提起の便宜

【佐藤=小林・一問一答 146頁参照】

● 趣旨
(民訴法3条の7第5項2号)

「合意に完全な効力を認めたとしても消費者の利益を損なうことはないと考えられることに基づくもの」

【佐藤=小林・一問一答 147頁】

● ポイント1(「便宜」)
原告となる消費者の便宜が図られている。
【具体化】
・(契約締結時の)「原告住所地管轄」が認められている(民訴法3条の7第5項1号本文)。
・消費者による、その住所地以外の国際裁判管轄(民訴法3条の4第3項・民訴法3条の3等)も原則として制限されていない(民訴法3条の7第5項1号括弧書き)。

● ポイント2(「保護」)
被告となる消費者の保護が図られている。
【具体化】
・事業者から消費者に対する訴えにつき、「被告住所地管轄」(民訴法3条の2)が維持されている(民訴法3条の7第5項1号括弧書き)。

● ポイント3(「意思」)
(仮に便宜・保護に適わないとしても)消費者の意思が尊重されている。
【具体化】
・消費者による専属的管轄合意の遵守・援用が認められている(民訴法3条の7第5項第2号)。

なお、「日本…の裁判所」(民訴法3条の7第5項2号)以外の「裁判所」(民訴法3条の7第5項)として、(1)「外国の」「裁判所」(民訴法3条の7第5項2号)、及び(2)(日本の裁判所に加え)外国の裁判所も含む一般的な「裁判所」(民訴法3条の7第5項1号)との文言があり、いずれも間接管轄を想定した規定となっている(「設例」を用いて後述)。

ワヴィニー

それでは次に、準拠法選択につき検討しましょう。
日本・甲国の法律が異な(りう)ることから、その必要性がありますからね。

2.準拠法選択

(1)消費者契約(実質)

(消費者契約の特例)
第十一条 消費者(個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。以下この条において同じ。)と事業者(法人その他の社団又は財団及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。以下この条において同じ。)との間で締結される契約(労働契約を除く。以下この条において「消費者契約」という。)の成立及び効力について第七条又は第九条の規定による選択又は変更により適用すべき法が消費者の常居所地法以外の法である場合であっても、消費者がその常居所地法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を事業者に対し表示したときは、当該消費者契約の成立及び効力に関しその強行規定の定める事項については、その強行規定をも適用する。

2 消費者契約の成立及び効力について第七条の規定による選択ないときは、第八条の規定にかかわらず、当該消費者契約の成立及び効力は、消費者の常居所地法による。

3~6 (略)

● 趣旨(通則法11条1項・2項)
消費者保護

【小出・一問一答 67・68頁参照】

● 定義
「強行規定」(通則法11条1項)とは、任意規定に対する概念であって、消費者契約の成立, 効力…に関する規定のうち、当事者の意思によっては排除できないもの。

【小出・一問一答 69・70頁参照】

律子

本事案においては、契約書第X条(準拠法)により甲国法(事業者に故意がなければ取消しを認めない)が準拠法として選択されていますので、通則法11条1項が問題となりますね。

ここでは詳述しませんが、結論としては、私は「消費者」に、本件売買契約は「消費者契約」に該当しますから、意思表示の取消しを認める日本法上の強行規定(消費者契約法4条1項1号)の適用を主張すれば、当該強行規定も適用されることになるのでしょうか。

ワヴィニー

国際私法を学ぶに際し、消費者契約法等の条文の内容とその適用結果まで学ぶ必要は必ずしもありませんが、本事案においては、取消しが認められる可能性が高いように思われますね。

(2)消費者契約(方式)

(消費者契約の特例)
第十一条

2 (略)

3 消費者契約の成立について第七条の規定により消費者の常居所地法以外の法が選択された場合であっても、当該消費者契約の方式について消費者がその常居所地法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を事業者に対し表示したときは、前条第一項、第二項及び第四項の規定にかかわらず、当該消費者契約の方式に関しその強行規定の定める事項については、専らその強行規定を適用する。

4 消費者契約の成立について第七条の規定により消費者の常居所地法が選択された場合において、当該消費者契約の方式について消費者が専らその常居所地法によるべき旨の意思を事業者に対し表示したときは、前条第二項及び第四項の規定にかかわらず、当該消費者契約の方式は、専ら消費者の常居所地法による。

5 消費者契約の成立について第七条の規定による選択がないときは、前条第一項、第二項及び第四項の規定にかかわらず、当該消費者契約の方式は、消費者の常居所地法による。

6 (略)

● 趣旨(通則法11条3項・4項・5項)
消費者保護

【小出・一問一答 68・69頁】

● 定義
「強行規定」(通則法11条3項)とは、任意規定に対する概念であって、消費者契約の…方式に関する規定のうち、当事者の意思によっては排除できないもの。

【小出・一問一答 69・70頁参照】

● 機能
(通則法11条3項・4項・5項)
通則法10条(法律行為・契約等の方式につき選択的適用を認める条項)に基づく選択肢を一部排除し、消費者の常居所地法の適用を確保するための規定群。

● 機能
(通則法11条4項)
通則法10条が選択的連結を採用していることから、契約準拠法として「消費者の常居所地法」が選択された場合においても、なお「消費者の常居所地法」以外の法が方式の準拠法として選択される可能性が残る。当該選択を防止する条項が、通則法11条4項。

律子

「実質」とは別の単位法律関係として「形式」(方式)が問題となる点は、法律行為・契約一般と同様ですね。

ワヴィニー

本事案においては主張されていませんが、例えば律子さんが、A社に対し、日本法(強行法規)により事業者に義務付けられる書面交付等がなかった点を主張しつつ、当該強行規定の適用の意思表示をしたとしたら、それが認められる可能性はありますね( 通則法11条3項)。

認められた場合に事案の解決がどうなるのか、即ち日本法の内容とその適用結果については、自分なりに考えてみましょう。その後、必要に応じ、また可能であれば、民商法・消費者法等を講ずる方等に質問してみて下さい。

(3)消費者契約(例外)

(消費者契約の特例)
第十一条
1~5 (略)

6 前各項の規定は、次のいずれかに該当する場合には、適用しない
一 事業者の事業所で消費者契約に関係するものが消費者の常居所地と法を異にする地に所在した場合であって、消費者が当該事業所の所在地と法を同じくする地に赴いて当該消費者契約を締結したとき。ただし、消費者が、当該事業者から、当該事業所の所在地と法を同じくする地において消費者契約を締結することについての勧誘をその常居所地において受けていたときを除く。

二 事業者の事業所で消費者契約に関係するものが消費者の常居所地と法を異にする地に所在した場合であって、消費者が当該事業所の所在地 と法を同じくする地において当該消費者契約に基づく債務の全部の履行を受けたとき、又は受けることとされていたとき。ただし、消費者が、当該事業者から、当該事業所の所在地と法を同じくする地において債務の全部の履行を受けることについての勧誘をその常居所地において受けていたときを除く。

三 消費者契約の締結の当時、事業者が、消費者の常居所を知らず、かつ、知らなかったことについて相当の理由があるとき。

四 消費者契約の締結の当時、事業者が、その相手方が消費者でないと誤認し、かつ、誤認したことについて相当の理由があるとき。

● 趣旨
(通則法11条6項1号本文・2号本文)

・「いわゆる能動的消費者…についてまで常居所地法による保護を受けられるとすると, 国内的にのみ活動している事業者の活動に過度に支障を来すと考えられたから」

● 趣旨
(通則法11条6項1号ただし書・2号ただし書)

・「消費者保護規定の適用を除外するのは相当でない」から。

● 趣旨
(通則法11条6項3号・4号)
・「消費者保護規定を適用するのは相当ではないと考えられる」から。

【小出・一問一答 75・76頁】

ワヴィニー

イメージを持ち易い具体的規定ですから、条文と趣旨を一読すれば、理解は比較的容易でしょう。

律子

本事案においては、私が、本事案における展示販売会を主催した「事業者」(A社)の「事業所」に該当すると考えられる、主たる営業所の「所在地と法を同じくする地」(甲国)に「赴いて」本件売買「契約を締結した」ことから、通則法11条6項1号本文の例外が適用される場合に該当するかに思われます。

しかし、その前に私が受け取ったダイレクトメールが「勧誘」(通則法11条6項1号ただし書)と考えられますから、(いわゆる「例外の例外」に該当する結果として)原則通り通則法11条1項に基づき事案の解決がされることとなりますね。

本事案における訴訟では、私による取消しが認められるはずです。

3.外国判決の承認・執行

【設例】

● 本件売買契約書において、下記第Y条(国際裁判管轄)も規定されていた。

第Y条(国際裁判管轄)
 本契約に基づく訴えに関しては、甲国ベッカ地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。


● 甲国ベッカ地方裁判所において、A社から律子に対し本件売買契約代金請求の訴えが提起され、律子による応訴ないままA社勝訴の判決が下された。 

律子

甲国の裁判所に国際裁判管轄が認められるとすると、私の「便宜」に適わず、「保護」にもならず、「意思」にも沿いませんが…

(1)間接管轄(消費者契約関連)

(外国裁判所の確定判決の効力)
第百十八条
外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
一 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること
二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
三 判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
四 相互の保証があること。

(管轄権に関する合意)
第三条の七 当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについて定めることができる。

2~4 (略)

5 将来において生ずる消費者契約に関する紛争を対象とする第一項の合意は、次に掲げる場合に限り、その効力を有する
一 消費者契約の締結の時において消費者が住所を有していた国の裁判所に訴えを提起することができる旨の合意(その国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意については、次号に掲げる場合を除き、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなす。)であるとき。
二 消費者が当該合意に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき、又は事業者が日本若しくは外国の裁判所に訴えを提起した場合において、消費者が当該合意を援用したとき。

6 (略)

ワヴィニー

いわゆる鏡像理論(間接管轄の有無につき、民訴法上の国際裁判管轄(直接管轄)基準と同じ基準に基づき判断する理論)によると、第Y条(国際裁判管轄)に基づくA社(事業者)から律子さん(消費者)に対する訴えにつき、 甲国の裁判所は、 民訴法3条の7第5項1号・2号いずれかの要件を充足する場合にのみ、国際裁判管轄(間接管轄)を有します。

律子

1号については、私は甲国に住所を有したことはないことから明らかに適用されませんが、2号については、前段は私が訴えを提起する場合なので関係がなく…、後段は…、私は第Y条(国際裁判管轄)の遵守・援用などしていないため、やはり適用されません!

消費者である私の「便宜」・「保護」・「意思」に反する第Y条(国際裁判管轄)は無効になるのだと理解しました。

まとめ

1.国際裁判管轄
● 民訴法3条の4第1項・第3項
● 民訴法3条の7第1項・第5項

2.準拠法選択
● 通則法11条1項・2項・3項・4項・5項・6項

3.外国判決の承認・執行
● 民訴法118条1号

ワヴィニー

最後に、甲国法等の外国法への向き合い方については、こちらを参照しておいて下さい。
●「外国法(向き合い方)~準拠法として

さて、本事案において、仮に律子さんのお父さんの会社のような会社が売主であれば、コンプライアンス上、単なる法令遵守を超えた丁寧な事前確認・説明等をし、律子さんにも十分な熟慮の機会があったでしょう。今回のような事態にはならなかったのかも知れませんね。

諸々お伺いしていると、そのようなボトムラインの話ではなく、お父さんの会社で働きたい方は随分多いようですが。

律子

父の会社で働きたい方と言えば…

【第10回】 労働契約の準拠法

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