【第8回】 物権の準拠法(2)

律子

…というわけなんです。

実は、当該自動車が戻ってこないだろうと、現在乗っている新車を買ったのです。

テーマ

1.国際裁判管轄
● 法定専属管轄

2.準拠法選択
● 物権の準拠法

3.外国判決の承認・執行
● 間接管轄

事案

● 律子は、自動車(新車で購入し日本で登録)(「本件自動車」)を所有していたが、A(甲国居住)による盗難に遭った。

● 盗難から1年後、本件自動車は、甲国において登録された後、AからB(甲国居住)に売却・引渡された。Bは、Aが所有者であると信ずるにつき軽過失があった。

● 盗難から2年3ヶ月後、本件自動車は、甲国において更にBからC(甲国居住)に売却・引渡された。なお、Cは、Bに対し、本件自動車の売買代金を支払っていない。

● Cは、近い将来、来日し、本件自動車を利用しながら日本で生活して行く予定であった。そこで、本件自動車について、甲国における登録を抹消した上で、甲国の港において日本に仕向けて船積みした。なお、その際、船荷証券等は発行はされていない。

● その後、本件自動車を載せた船舶は故障し、現在、航路途中の乙国に1ヶ月間停泊中であるが、近く修理が完了する予定である。

● Cは、急遽資金が必要となったことから、本件自動車の日本での利用をあきらめ、D(甲国人・日本居住)に対し、本件自動車を売却した。

● その後、Dから律子に対し、 日本の裁判所において、本件自動車の所有権に基づく移転登録請求の訴えが提起された。

【甲国民法】
① 取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、重過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。当該動産が登録されている場合もまた同じ。
② 動産の売買によって生じた債権を有する者は、当該動産について先取特権を有する。
③ 先取特権は、債務者がその目的である動産をその第三取得者に引き渡した後といえども、その動産について行使することができる。

目次

1.国際裁判管轄
(1)管轄権の専属
(2)管轄権が専属する場合の適用除外

2.準拠法選択
(1)権利の得喪(自動車を例に)
(2)物権及びその他の登記をすべき権利

3.外国判決の承認・執行
(1)間接管轄(専属管轄)

ワヴィニー

先程の駐車場の話といい、律子さんは自動車とは縁が薄いのかも知れませんね。

さて、本事案も、日本と外国である甲国・乙国に関連し、国際的私法関係に属しますね。
まず、本件訴えが却下されるか否かについて、国際裁判管轄の問題から検討してみましょう。

1.国際裁判管轄

(1)管轄権の専属

(管轄権の専属)
第三条の五 (略)
2 登記又は登録に関する訴えの管轄権は、登記又は登録をすべき地日本国内にあるときは、日本の裁判所に専属する。
3 (略)

● 趣旨
(民訴法3条の5第2項が、登記又は登録に関する訴えにつき、日本の裁判所の専属管轄を認めた趣旨)
1.登記又は登録は、公益性の高い公示制度と不可分の関係を有する。
2.日本の裁判所による迅速・適正な審理判断が可能
3.外国の裁判所に管轄を認めても、別途日本の裁判所による執行判決が必要となる等、当事者の便宜に資する面も小さい

【佐藤=小林・一問一答 107頁参照】

律子

かなりの頻度で認められる住所地管轄以外に、このような管轄が認められるのですね。

ワヴィニー

いえ、「以外に」ではないのです。

(2)管轄権が専属する場合の適用除外

(管轄権が専属する場合の適用除外)
第三条の十 第三条の二から第三条の四まで及び第三条の六から前条までの規定は、訴えについて法令に日本の裁判所の管轄権の専属に関する定めがある場合には、適用しない

● 趣旨
「法令に日本の裁判所の管轄権の専属に関する定めがある訴え…については、高い公益性があることから、…優先的に適用されるべき」。

【佐藤=小林・一問一答165頁】

● 帰結
・ 法定専属管轄の定めによれば、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる場合(例:「登記又は登録をすべき地が日本国内にあるとき」(民訴法3条の5) )には、日本の裁判所にのみ訴訟係属することとなる。

・ 逆に、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められない場合(例:「登記又は登録をすべき地」(民訴法3条の5) が日本国内にないとき) には、たとえ民訴法3条の2(被告住所地管轄等)等により管轄が認められうるとしても、訴えは却下となる。

● 「第三条の六から前条まで」
(そこに含まれる合意管轄(3条の7)・特別の事情(3条の9)と民訴法3条の10との関係)

・合意管轄の場合、当事者の予見可能性確保等の見地から、特別の事情による訴え却下はされない(民訴法3条の9括弧書き)。

・しかし、合意管轄は、法定専属管轄(民訴法3条の5等)には劣後する。即ち、管轄合意をしていたとしても、当事者は法定専属管轄には拘束される。

・以上要するに、イメージとしては、法定専属管轄(民訴法3条の5)>合意管轄(民訴法3条の7)>特別の事情(民訴法3条の9)>その他の管轄原因、となる。

 ワヴィニー

次に、日本国民法(物権法)・甲国民法(物権法)・乙国民法(物権法)の内容が異な(りう)るため、準拠法選択が問題となります。

動産は随時移動するため、不動産とは異なり、様々な点が問題となります。

2.準拠法選択

(1) 権利の得喪(自動車を例に)

第三節 物権等
(物権及びその他の登記をすべき権利)
第十三条 動産又は不動産に関する物権及びその他の登記をすべき権利は、その目的物の所在地法による。
2 前項の規定にかかわらず、同項に規定する権利の得喪は、その原因となる事実が完成した当時におけるその目的物の所在地法による。

● 判例(最高裁平成14年10月29日判決)
自動車につき、2つの場合に分け、準拠法選択している。

1.運行の用に供されている自動車
・ 準拠法:利用の本拠地の法
(注)判旨には不明確な点があるが、少なくとも登録地は重要な要素としつつ、「利用の本拠地」を決定する立場とは解される。
【理由】
物理的な所在地が変動している場合
(1)自動車の移動とともに準拠法が変動することとなる。
(2)物理的な所在地を確定することにも困難を伴うことがある。
よって、自動車についての権利の得喪とその所在地国等の利害との関連性が希薄・確定困難。
⇒ 物理的に所在している地の法を準拠法とすると、準拠法の決定が不安定になるという不都合が生ずる。等

2.運行の用に供されていない自動車
(判例は、「一般の動産と同様」としており、この「2」における原則・例外の考え方は、自動車以外の動産にもあてはまる。)

(1) 準拠法(原則):物理的な所在地法
【理由】
利用の本拠がない場合、物理的な所在地を確定する困難がない。等

(2) 準拠法(例外)
「当該自動車が他国の仕向地への輸送の途中であり物理的な所在地の法を準拠法とするのに支障があるなどの事情」がある場合は別論(後述)。

ワヴィニー

本事案において、Bが本件自動車(登録中)を善意取得するか否かは、AB間での本件自動車の売買契約当時の「利用の本拠地」の法、即ち甲国民法によることとなります。
国際私法の役割を超えますが、その結果、甲国民法①(軽過失があっても善意取得可能)により、Bが本件自動車の所有者となります。

そして、Cは、Bから本件自動車を購入することにより、その所有権を承継取得していると考えられます。
もっとも、CからBに対する代金は未払いですから、甲国民法②に基づき、Bは、本件自動車つき動産売買の先取特権を有していることとなります。

律子

「私の」本件自動車は、甲国法上の先取特権が付いたCの所有物として、現在、乙国にあるということですね…。

…ただ、先程読んだ通則法13条の(2項ではなく)1項によると、本件自動車に関する権利の内容は、「目的物の所在地法」である乙国法によるのではないでしょうか?そうだとすると、(まだ乙国民法まで調べてはいませんが)少なくとも甲国民法上の先取特権は認められないのではないでしょうか?

ワヴィニー

良く気付きましたね。
基本的にはその通りです。

ただ、先に見た判例が「自動車が他国の仕向地への輸送の途中」である場合を例外としているのと同様、 移動中の物については特別な考慮が必要です。

(2)物権及びその他の登記をすべき権利

第三節 物権等
(物権及びその他の登記をすべき権利)
第十三条 動産又は不動産に関する物権及びその他の登記をすべき権利は、その目的物の所在地法による
2 前項の規定にかかわらず、同項に規定する権利の得喪は、その原因となる事実が完成した当時におけるその目的物の所在地法による。

● 問題の所在
移動中の物については、「所在地法」が確定困難。仮に確定できたとしても、物との関連が希薄

・ 原則
仕向地法
【理由】
・移動中の物は、仕向地において最終的に停止するため、仕向地と密接な関連を有している。
当事者の予測可能性にも適う。等

・ 例外
所在地法
【理由】
・移動の途中で停止している場合、その具体的状況次第では、当該停止場所と物が密接な関連を有していると考えられる。
当事者の予測可能性も害さない。等

【補足】
・「実務上、移動中の動産に関する物権の準拠法が問題となる場面はほとんどなく」(小出・一問一答 87頁)。
(なお、物が「公海」等(特定国家の法律が施行されていない場所)に存在する場合の準拠法は?等の問題については、ここでは立ち入らない。 )

ワヴィニー

本事案においても、現在本件自動車が乙国にあることから、例外的に乙国法が適用される可能性があります。

その場合、仮に乙国法が動産売買の先取特権を認めていない場合には、一旦成立したBの先取特権は行使できないこととなります(通則法13条1項)。

しかし、例えば本事案における船舶を修理できる会社が甲国にしか存在しない等の事情により、当該船舶が曳船されて一旦甲国に戻った場合には、本件自動車の先取特権も復活するのです(通則法13条1項) 。一旦成立した物権が完全に(復活可能性がないレベルまで)消滅するわけではありません。

ただ、ここでは、「近く修理完了する」・乙国には比較的短時間である「1ヶ月間停泊中」に過ぎない等の事情から、原則通り仕向地法が適用されると考えておいて良いでしょう。

律子

本件自動車に関する物権法としては、現在、日本法が適用されていることになるのですね。

乙国の港を出航した後に締結されたCD間の売買契約の物権的効力として、日本法(民法176条)に基づきDが所有者となり、私に対する移転登録請求は認容されることになりそうです。

ただ、(そうなると、もはや他人事ではありますが、)既に発生しているBの先取特権はどうなるのでしょう?

ワヴィニー

日本国民法333条(先取特権と第三取得者)が問題となりますね。
ここではこれ以上立ち入りませんが、甲国民法③と比較しつつ、その適用結果につき検討してみて下さい。

それでは、最後に設例を用いて、法定専属管轄につき補足をしておきます。

3.外国判決の承認・執行

【設例】

● (本事案における訴訟がDの勝訴で終結した後)律子は、Dから本件自動車を買い戻し、代金も支払った。それにも拘らず、Dは登録を移転しないまま甲国に帰国した。

● そこで、律子は、甲国裁判所において、Dに対し、所有権に基づき日本における本件自動車の移転登録を請求する訴えを提起し、勝訴した。

律子

登録に関する訴えは、日本の裁判所の専属管轄に属するので、甲国裁判所は、そもそも国際裁判管轄権を行使することができないのではないでしょうか?

ワヴィニー

まだ国際私法(広義)の思考方法に慣れていないようですね。

甲国裁判所の国際裁判管轄の有無については、あくまで甲国の裁判所が決めることです。
ただし、甲国の裁判所で下された判決について、日本において承認・執行できるかは別問題(この点は日本の裁判所が決めること)です。

(1)間接管轄(専属管轄)

(外国裁判所の確定判決の効力)
第百十八条 外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
一 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること
二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
三 判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
四 相互の保証があること。

● 民訴法3条の10からのもう1つの帰結
・ 日本の裁判所の専属的裁判管轄に属する事件につき下された外国判決は、日本においては承認されない
(日本の裁判所の専属的裁判管轄を規定しているということは、即ち外国の裁判所には裁判管轄を認めないことが含意されている。)

律子

設例における私の勝訴判決は、日本では承認されないのですね。

第一印象的には、「日本の裁判所に専属」(民訴法3条の5第2項)する以上、甲国の裁判所の「国際裁判管轄」は認められないと考えました。

しかし、当該「認められない」との考えは、甲国の裁判所が甲国の民事訴訟法に基づき判断する「直接管轄」については誤り(日本の裁判所等が「認められない」と言うことではなく、あくまで甲国の裁判所が任意に判断すること)、ではあるものの、日本の裁判所が日本の民事訴訟法に基づき判断する「間接管轄」については正しい(日本の裁判所等が任意に判断すること)、ということですね。

まとめ

1.国際裁判管轄
● 民訴法3条の5
● 民訴法3条の10

2.準拠法選択
● 通則法13条1項・2項

3.外国判決の承認・執行
● 民訴法118条1号

ワヴィニー

最後に、甲国法等の外国法への向き合い方については、こちらを参照しておいて下さい。
●「外国法(向き合い方)~準拠法として

それにしても、高価な物を所有する以上、相応の注意を以って管理しないと、また盗難の被害に遭いかねませんよ。
ダイレクトメール等に基づく通販等で日常的に買える物等であれば、そこまで気を使う必要はないでしょうが。

律子

ダイレクトメールと言えば…

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