【第6回】 行為能力の準拠法(2)

律子

…というわけなんです。

Aに送ってもらった画像を見ると素敵な指輪だったので、貯金もあったためつい…

両親が私に弁護士を付け訴訟対応しており、諸々説明を受けた記憶はあるのですが、詳しくは覚えていません。ただ、結果的に「指輪を返して、なかったことにした。」とは記憶しています。

テーマ

1.国際裁判管轄
● 財産所在地管轄

2.準拠法選択
● 年齢による行為能力の制限の準拠法

3.外国判決の承認・執行
● 間接管轄

事案

● 律子は、大学3年生(21歳)の時に、SNSで知り合った甲国人A(甲国居住・21歳)から、指輪(30万円相当)(「本件指輪」)を購入する売買契約(「本件売買契約」)を電子メールにより締結した。

● 国際郵便により本件指輪を受領した後、代金支払(支払は後日律子が甲国を訪問した際に現金手渡しで行うこととしていた)を失念していたところ、日本の裁判所において、A名義で律子に対し、本件売買契約代金支払請求の訴えが提起された。

● 律子は、当時、日用品の他、アルバイト代を貯めて購入した軽自動車1台(60万円相当)(「本件自動車」)を所有していた。

● 甲国民法は下記趣旨の規定を有する他、国際私法については日本と同様の趣旨の法を有する。
【甲国民法】
・ 「年齢二十二歳をもって、成年とする。」 
・ 「行為能力の制限によって取り消すことができる行為は、制限行為能力者及び相手方が取り消すことができる。」

ワヴィニー

先程聞いたお話と良く似ている気もしますが…まぁ良いでしょう。
本事案についても、(広義の)国際私法の観点で検討してみましょう。

律子さんの住所地管轄(民訴法3条の2第1項)は認められるとして、その他にも管轄原因があったはずです。

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1.国際裁判管轄

(1)差押可能財産所在地

(契約上の債務に関する訴え等の管轄権)
第三条の三 次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。
(略)
三 財産権上の訴え 請求の目的が日本国内にあるとき、又は当該訴えが金銭の支払を請求するものである場合には差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき(その財産の価額が著しく低いときを除く。)。
(略)

● 趣旨
(「差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき」を管轄原因とした趣旨)
「被告の差押可能財産が日本国内にある場合には、債権者である原告が債務名義を得てその財産に対して強制執行をすることができるようにするのが相当であると考えられることに基づく」 (佐藤=小林・一問一答 45頁)

● 趣旨
(「金銭の支払を請求するものである場合」に限った趣旨)
「債権者が日本国内に所在する財産に対して強制執行をする便宜を考慮して差押可能財産の所在地による管轄を認めることとしたことから」 (佐藤=小林・一問一答 45頁)

ワヴィニー

本事案においては、本件自動車が「差し押さえることができる被告の財産」に該当するとして、 日本の裁判所の国際裁判管轄が認められるでしょう(民訴法3条の3第3号後段本文)。

本事案では、特別の事情(民訴法3条の9)も認められないようですね。

律子

他方、「請求の目的が日本国内にあるとき」(民訴法3条の3第3号前段)は、代金支払請求の訴えが提起された本事案とは関係がなさそうですね。
本事案とは逆に、買主が売主に対し、訴えを提起する場合を想定している条文だと理解しました。

ただ、良い機会ですので、設例を用いて、民訴法3条の3第3号前段に絞り解説して頂けますか?

(2)請求目的物所在地

【設例】

● 律子は、大学3年生(21歳)の時に、SNSで知り合った甲国人A(甲国居住・21歳)との間で、指輪(30万円相当)(「本件指輪」)を売却する売買契約(「本件売買契約」)を電子メールにより締結。

● 銀行送金により代金受領後、本件指輪の引渡(引渡は、後日、律子が甲国を訪問した際に行うこととしていた)を失念していたところ、日本の裁判所において、A名義で律子に対し、本件指輪の引渡請求の訴えが提起された。

(契約上の債務に関する訴え等の管轄権)
第三条の三 次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。
(略)
三 財産権上の訴え 請求の目的が日本国内にあるとき、又は当該訴えが金銭の支払を請求するものである場合には差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき(その財産の価額が著しく低いときを除く。)。
(略)

● 趣旨
(「請求の目的が日本国内にあるとき」を管轄原因とした趣旨)
請求の目的の所在地で訴えを提起することは、被告にとって不意打ちにはならないと考えられる」ため(佐藤=小林・一問一答 44頁)。

ワヴィニー

本設例においても、Aの請求の目的である本件指輪は日本にあったため、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められたと考えられます。

それでは次に、準拠法の検討に移りましょう。
日本法か甲国法か、いずれが適用されるかにより事案の解決が異なりうるため、重要な問題です。

律子

今思い出しましたが、私の弁護士は、相手方であるAが未成年であったことを理由に、契約の取消しを主張し、請求棄却判決を得ていました。その論理については、全く解からなかったのですが…

先程お話頂いた契約・方式等の準拠法も問題になりえるのでしょうが、当該未成年取消しの主張に絞って解説頂けますか?

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2.準拠法選択

(1) 法を同じくする地に在った

第一節 人
(人の行為能力)
第四条 人の行為能力は、その本国法によって定める。
2 法律行為をした者がその本国法によれば行為能力の制限を受けた者となるときであっても行為地法によれば行為能力者となるべきときは、当該法律行為の当時そのすべての当事者が法を同じくする地に在った場合に限り、当該法律行為をした者は、前項の規定にかかわらず、行為能力者とみなす。
3 前項の規定は、親族法又は相続法の規定によるべき法律行為及び行為地と法を異にする地に在る不動産に関する法律行為については、適用しない。

● 趣旨
(「当該法律行為の当時そのすべての当事者が法を同じくする地に在った場合に限り」と限定した趣旨)
「異法地域間での法律行為(隔地的法律行為)については実質的に内国取引とはいえない」ため、「行為地法によって保護を図るべき取引とはいえない」点にある(小出・一問一答 26頁)。

ワヴィニー

事案において、「法律行為をした者」であるA(21歳)は、甲国民法(成年年齢22歳)上 「行為能力の制限を受けた者」( 未成年者)に該当します。

一方で、Aの取引の相手方である律子さん(21歳は成年である日本において、電子メールの送受信をした)の取引の安全への配慮から、通則法4条2項の適用が問題となります。

しかし、通則法4条2項の考え方としては、甲国にいたAと海を越えて契約を締結した律子さんは、相手方Aの本国法上未成年取消し等の可能性があることを想定すべきだった、と考えるのです。例えば、日本に旅行に来ていたAが本件売買契約同様の契約を律子さんと締結した場合 、即ち「当該法律行為の当時そのすべての当事者が法を同じくする地に在った場合」 であれば別論、そうでなければ、内国取引保護を優先する必要性がないと考えるのです。

本事案については、律子さんは日本に、Aは甲国にいた時に契約締結された点から、「当該法律行為の当時そのすべての当事者が法を同じくする地に在った場合」に該当しません。したがって、原則通り、Aの行為能力については、本国法である甲国民法が準拠法となります(通則法4条1項)。

そして、国際私法の機能(間接規範)を超える話にはなりますが、甲国民法は未成年との取引の相手方にも取消権を認める以上、その適用の結果、律子さんは本件売買契約を取り消すこともできたはずです。Aは敗訴し、律子さんは勝訴したのですね。

律子

???

取引保護のための通則法4条2項が適用されず、Aの本国法である甲国民法が適用されたのにも関わらず、Aが敗訴し私が勝訴した点については、ある種の矛盾があるように思われますが…

仮に本事案に日本国民法が適用されていれば、未成年との取引の相手方には取消権が認められないのが一般的理解であることから、Aとしては、契約が有効であることを前提に代金請求が認めてもらえたでしょうに。自らの本国法が選択されたことに対し、異論があるのではないでしょうか?

ワヴィニー

まだ仕方ありませんが、国際私法の機能について、十分理解できていないようですね…。
国際私法の主な役割は、法選択にあります。原則として、実質法の内容とその適用結果には関知しないのです。

例えば、国内私法関係についての日本での訴訟において、日本法が適用され、その結果として事案が解決された場合につき考えてみましょう。例えば敗訴当事者としては、当該事案の解決(日本法の内容とその適用結果)については、諸々異論はあるでしょう。
しかし、日本法が適用されて事案が解決されることにつき、「なぜ日本法が適用されたのだ!」という異論は通常ないはずです。それは、日本法が適用されることに合理的な理由があるからです(例えば、「外国的要素を含まないため、それしかない」というのも1つの合理的理由でしょう)。

それと同様、少なくとも理論上は国際的私法関係においても、そのような異論が出ないような(国内私法関係に日本法が適用されることに通常異論が出ないのと同じレベルでの)合理的な法選択ができていれば、通常当事者から異論は出てこないはずです。仮に異論があるとすると、それは実質法についてでしかないはずなのです。

上記を本事案に即して言えば、Aとしては、(通則法4条1項・2項が合理的理由(趣旨)に基づく法でありさえすれば)甲国民法が適用されること自体に異論はないはずです。例えば「甲国民法が、未成年との取引の相手方にも取消権を認めていること(実質法の内容)、及び結果として律子さんとの取引が取り消されたこと(その適用結果)」自体については、不満足かもしれませんが。

律子さんの仰る違和感は、国際私法上の話と実質法上の話とを混同している、と言わざるを得ません。

それでは次に、本事案の事実関係をアレンジした別の設例について、検討してみましょう。

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3.外国判決の承認・執行

【設例】

● 律子は、大学3年生(21歳)の時に、SNSで知り合った甲国人A(甲国居住・23歳)から、指輪(30万円相当)(「本件指輪」)を購入する売買契約(「本件売買契約」)を電子メールにより締結。

● 国際郵便により本件指輪を受領した後、代金支払(支払は後日Aが来日した際に現金手渡しで行うこととしていた)を失念していたところ、(甲国ではなく)乙国の裁判所において、A名義で律子に対し、当該代金の支払請求の訴えが提起された。A勝訴判決が下された。

● 律子は、当時、以前乙国留学から帰国する際に置き忘れたネックレス(10万円相当)(「本件ネックレス」)をホームステイ先で預ってもらっていた。

(1)間接管轄

(外国裁判所の確定判決の効力)
第百十八条
外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
一 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること
二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
三 判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
四 相互の保証があること。

【復習】
● 間接管轄の判断基準

・ 判決国の基準によるか?日本の基準によるか?
日本の基準による( 判例(最判平成26年4月24日)・通説)。

・ (日本の基準によるとしても)直接管轄の基準と同一の基準によるのか?
同一基準説(通説(「鏡像理論」))。判例の理解に関し争い有り。

ワヴィニー

鏡像理論に依拠し、本事案に関して、民訴法3条の2以下を「チェックリスト」的に眺めてみて、甲国裁判所の国際裁判管轄が認められそうですか?

律子

乙国に私の住所はないし…、本件ネックレスの存在から、先程「1.国際裁判管轄」(直接管轄)において検討した執行可能財産所在地管轄(民訴法3条の3第3号後段)しかないですね。

(2) その財産の価額が著しく低いときを除く

(契約上の債務に関する訴え等の管轄権)
第三条の三 次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。
(略)
三 財産権上の訴え 請求の目的が日本国内にあるとき、又は当該訴えが金銭の支払を請求するものである場合には差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき(その財産の価額が著しく低いときを除く。)。
(略)

● 趣旨
(「(その財産の価額が著しく低いときを除く。) 」)
名目的な財産の存在を理由とする過剰な管轄権を認めることを防ぐ」(佐藤=小林・一問一答 45頁)

ワヴィニー

そうですね。
本設例においては、本件ネックレスが「差し押さえることができる被告の財産」に該当するとして、 乙国の裁判所の国際裁判管轄が認められる可能性があります。

ただ、本件売買契約にほぼ関係がない乙国において、単に本件ネックレスが所在するというだけで国際裁判管轄が生じる点については、違和感がありませんか?

● 立法論的批判
・ 執行可能財産所在地管轄については、過剰管轄であるとの立法論的批判がある。
(そのため、前述の通り、 「その財産の価額が著しく低いとき」 との歯止めをかけている。)
・ 場合によっては、「特別の事情」による例外的な訴え却下もありえる(民訴法3条の9)。

ワヴィニー

本設例において、10万円という経済的価値は、「その財産の価額が著しく低いとき」に該当しませんか?
本事案では、30万円の請求額につき60万円相当の本件自動車が日本に所在していましたので、30万円の余剰がありました。しかし、本設例では、逆に20万円の不足があります(本件指輪は30万円。本件ネックレスは10万円)。

他方で、10万円は相当の価値ではありますので、「著しく低い」と言い切るには躊躇するかも知れません。

そこから、「著しく低い」の判断基準が問題となります。

● 「著しく低い」の判断基準
・ 一般的には、当該財産自体の客観的価値が著しく低い場合、と解されている。
・ それに対し、請求額との比較において当該財産の価値が著しく低い場合、と解する説もある。

ワヴィニー

一般的な理解に基づき、本件ネックレス(10万円相当)の価値は「著しく低い」に該当しないとすると、乙国の裁判所の間接管轄は認められ(民訴法3条の3第3号後段本文参照)、他の要件を充足すれば、A勝訴判決は日本で承認・執行されます(民訴法118条1号)。

そうではなく、債権額30万円と比較すると20万円不足することから「著しく低い」に該当するとすると、甲国の裁判所の間接管轄は認められず(民訴法3条の3第3号後段括弧書き参照)、他の要件を充足したとしても、A勝訴判決は日本では承認・執行されません(民訴法118条1号)。

いずれが妥当か、一度は自分なりに考えてみましょう。

まとめ

1.国際裁判管轄
● 民訴法3条の3第3号後段本文
● 民訴法3条の3第3号前段

2.準拠法選択
● 通則法4条1項・2項

3.外国判決の承認・執行
● 民訴法118条1号
● 民訴法3条の3第3号後段括弧書き

ワヴィニー

最後に、甲国法等の外国法への向き合い方については、こちらを参照しておいて下さい。
●「外国法(向き合い方)~準拠法として

さて、いくら貯金があっても、高価な買物をする場合には、他の物と比較する・時間を置く等、慎重に検討した方が良いですよ。

自分の貯金については基本的には自由に使えるとはいえ、様々な制限が付いている、ぐらいの意識でいた方が良いです。

律子

基本的には自由・様々な制限と言えば…

【第7回】 契約の準拠法(2)

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