【第5回】 不法行為の準拠法(2)

律子

…というわけなんです。

Bが飲酒していたことは皆が知らず…、帰国後、当該グループは解散となってしまいました。A以外は幸い事なきを得たのですが、AB間で訴訟となったと風の噂で聞き、気にはなっていました。

テーマ

1.国際裁判管轄
● 不法行為地管轄

2.準拠法選択
● 不法行為の準拠法
● 公序

3.外国判決の承認・執行
● 公序

事案

● 律子がSNS上でつながった知人A・B等とグループで甲国を旅行していた際、Bによるレンタカーの飲酒運転中に大事故(「本件事故」)となった。その直後、Aの左腕には大きな痣ができていたものの、支障なく動いていた。

● 本件事故の後、Aは日本に移動したが、その後しばらくしてから左腕が動かなくなり、入院・治療を要する等の損害が発生した。

● B(25歳・日本人・日本居住)は日本で生まれ育ったが、A(55歳・日本人・住所不明)は、ここ30年間、日本・甲国間を行き来する生活を送っている。本件事故は、Aが日本に移動する直前の「お別れ会」の後に発生したものであった。

● 日本の裁判所において、 AからBに対し、本件事故に関する損害賠償請求の訴えが提起された。

● 甲国法によると、本事案においては不法行為が成立し、飲酒運転に基づく損害賠償額は、日本における通常の損害賠償額の三倍となる。
当該損害賠償の制度は、懲罰的損害賠償(三倍賠償)制度と呼ばれ、加害者への制裁・将来の同種行為の抑止等の趣旨がある。

ワヴィニー

私は、SNSを使いませんので、詳しいことは判りませんが。

ただ、本事案も、日本・甲国に跨ることから、「国際的私法関係」に属することは確かです。AB間の訴訟がどうなったか気になるのでしたら、(広義の)国際私法の観点で考えてみましょう。

律子

まず、Bの住所は日本にありますので、日本の裁判所の国際裁判管轄(民訴法3条の2第1項)は認められるはずです。

ただ、加害行為地も結果発生地も甲国なので、不法行為地管轄(民訴法3条の3第8号)は認められないかと…

…Aは日本帰国後に入院費・治療費を支出していますが、そのことから、日本が結果発生地であるとは言えないのでしょうか?

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1.国際裁判管轄

 (1)不法行為(二次的・派生的損害)

(契約上の債務に関する訴え等の管轄権)
第三条の三
次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。
(略)
八 不法行為に関する訴え 不法行為があった地が日本国内にあるとき
(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)。
(略)

● 二次的・派生的損害(治療費・逸失利益等)
二次的・派生的損害(治療費・逸失利益等)の発生が、「不法行為」(民訴法3条の3第8号本文)・「結果」(同ただし書)に含まれるか。

・ 「含まれない」とする説(有力)
加害者の予見可能性を重視(結論として、日本の裁判所の国際裁判管轄は否定)。

・ 「含まれる」とする説
被害者保護を重視(通常それらの損害は被害者の住所地で発生するため、結果的に被害者住所地管轄となることが多い) 。
ただし、「含まれる」とする説によっても、別途「 通常予見することのできないもの」(民訴法3条の3第8号ただし書)か否かの要件吟味は必要。

ワヴィニー

ここでは試みに「含まれる」とする説に立ち、本事案の「結果が日本国内で発生した場合」(民訴法3条の3第8号ただし書)に該当するとしましょう。

その上で、本件事故直後、「支障なく動いていた」ものの、「Aの左腕には大きな痣ができていた」こと、及び「本件事故は、Aが日本に移動する直前の『お別れ会』の後に発生したものであった」ことから、Bには日本での結果発生につき予見可能性があった(「 通常予見することのできないもの」ではなかった)と認められる可能性の方が高いように思われます。その場合、民訴法3条の3第8号ただし書の適用はありません。

そうすると、「不法行為があった地が日本国内」(民訴法3条の3第8号本文)にあったものとして、日本の裁判所の国際裁判管轄が肯定されますね。

律子

…ふと考えたのですが。
本案審理の結果として「不法行為」があったか否かが決まるのに、国際裁判管轄の判断の段階での「不法行為があった」という文言には違和感があります…

(2)不法行為(管轄原因事実・請求原因事実)

● 「不法行為があった」
(民訴法3条の3第8号本文)
どの程度の立証を要するのか?請求原因事実の証明まで要求することは本末転倒となるため問題となる。

・ 判例(最高裁平成13年6月8日判決)●イメージ:「狭く深く」
「原則として, 被告が…した行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りる」
【理由】
「この事実関係が存在するなら, 通常, 被告を本案につき応訴させることに合理的な理由があり, 国際社会における裁判機能の分配の観点からみても、我が国の裁判権の行使を正当とするに十分な法的関連があるということができる」

・ 学説(多数説)●イメージ:「広く浅く」
不法行為の成立要件全般につき、一応の証明があれば足りるとする説
(違法性・故意過失等の証明まで必要とするが、その程度は、本案における証明度よりも低くても構わないとする説)

ワヴィニー

本事案においては、Bが起こした本件事故の結果として、Aが日本において入院をし治療を受けたこと(損害の発生)は容易に証明できるでしょう。また、Bが飲酒運転をしていたことも判っており、違法性・重過失等についても同様でしょう。
判例によれば当然、また多数説によっても、特段問題なく「不法行為があった」(民訴法3条の3第8号本文)とされるはずです。

本事案において、特別の事情(民訴法3条の9)はなさそうですので、次に準拠法の検討が必要ですね。
日本法か甲国法か、いずれが適用されるかによりAB間の訴訟の結果が異なりうるため、準拠法選択が問題となります。

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2.準拠法選択 

(1)不法行為(原則)

(不法行為)
第十七条 不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。ただし、その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法による。

● 単位法律関係
「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力」
不法行為の成立要件・効果、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効、過失相殺の可否等

● 連結点
「加害行為の結果が発生した地」

● 二次的・発生的損害発生地は含まれるか?

【結論】
国際裁判管轄(民訴法3条の3第8号)の場合とは異なり、 含まれないと一般に解されている。

【理由】
損害発生地は実体的な不法行為そのものとの関連性が希薄であること等が挙げられる。

(注意)それでは、二次的・派生的損害については、請求できないのか?否。準拠法として選択された実質法上、損害賠償の範囲に入るのであれば、請求可能。

律子

そうすると…本事案においては、AのBに対する損害賠償請求権の成立要件・効果等につき、「加害行為の結果が発生した地の法」である甲国法によることになります(通則法17条本文)から…BはAに対し三倍の損害賠償をしなければならないのですね…

ワヴィニー

いえ、そうとは限りません。

(2) 明らかにより密接な関係がある地がある場合(例外)

(明らかにより密接な関係がある地がある場合の例外)
第二十条 前三条の規定にかかわらず、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたことその他の事情に照らして明らかに前三条の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは、当該他の地の法による

● 趣旨
(「前三条の規定にかかわらず」)
・ 準拠法の明確性・安定性よりも、柔軟に具体的妥当性を確保するために優先して適用される例外条項。

● 趣旨
(「不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと」)
「その常居所地は当事者双方の社会生活の基礎であって当事者に密接に関係する地であることから, その地の法を適用することが適切な場合が多いと考えられ」ること(小出・一問一答 116頁)。

● 趣旨
(「当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと」)
「契約準拠法と不法行為の準拠法との矛盾・抵触を回避するために,…適切な場合も多いと考えられ」ること (小出・一問一答 116頁) 。 (※)現時点では、上記を一読しておくことで十分。

ワヴィニー

本事案においては、日本で生まれ育ったBは勿論、日本・甲国間を行き来するAについても、日本に常居所が認められる可能性があります。

しかし、Aについては、「行き来」の実態(各国での継続的居住年数等)に照らし、日本より甲国と密接な関係を有している等として、甲国に常居所があると認定される可能性もあります。

お伺いする限り、本事案においては「当事者間の契約」・「その他の事情」はないようですので、 仮にAの常居所が甲国にあるとすると、 通則法20条は適用されないことになります。

律子

そうなると、やはり甲国法が適用され、三倍の損害賠償が…

ワヴィニー

いえ、そうとは限りません。

(3) 公序(一般条項)

(公序)
第四十二条
外国法によるべき場合において、その規定の適用が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、これを適用しない。

● 趣旨(通則法42条)
日本国内における公序の維持

● 趣旨(「その規定の適用が」)
外国法の規定自体(「その規定が」等)ではなく、事案における適用結果(「その規定の適用」)に限り問題とする趣旨。

● 法的性質
(狭義の)国際私法の原則(内外法平等・実質法の内容とその適用結果は不問)の例外として、準拠法(実質法)の適用結果を問題とし、内国法を優先して適用する条文。

● 公序条項(一般・特別)
本条が公序に関する「一般」条項であり、 通則法22条は「特別」留保条項である。

● 2つの考慮要素
いずれか一方の要素が強ければ、それだけで公序条項の発動をしうる。
(双方の充足が必要な2つの「要件」ではなく、あくまで2つの「考慮要素」に過ぎない。)

(1)事案の内国関連性
日本と関連性のない事案についてまで、公序条項を発動する必要性がないため。

(2)外国法の適用結果の異常性
外国法の適用の結果が、日本法適用の結果と異なることはむしろ当然であり、それだけでは公序条項の発動を正当化できないため。

【注意】
・ 単に「外国法の内容が日本の民法上の強行法規と異なる」というだけでは公序違反とはならない。
・ そうなるとすると、外国法の適用の多くが公序違反となりかねない。また、内外法平等の原則にも反することにもなりかねない。

律子

本事案においては、(1)「ここ30年間、日本・甲国間を行き来する」Aから、 日本で生まれ育ったBに対する請求につき、事案の内国関連性は強いですし、(2)日本における通常の損害賠償額の三倍もの賠償責任を課す結果となるため、外国法の適用結果の異常性も認められますね。

したがって、公序に反するものとして、甲国法の「適用」は排除されそうです。

ワヴィニー

通則法42条については他に諸々検討すべき点がありますが、少なくとも現時点では、公序条項発動の結果として内国法(日本法)が適用される、と理解しておいて下さい。
(なお、日本国内の公序維持のために外国法の適用排除が必要だとすると、特に不法行為の場合に限ったことではないのではないでしょうか?、という質問を受けることがないとは言えません。例えばですが、物権に関しても、「あまりに異常な適用結果となるような内容の物権条項」等がありそうですね。それについては、またの機会に。)

さて、通則法42条に関連し、この条文に触れない訳には行かないでしょうね。

(4) 公序(特別留保条項)

(不法行為についての公序による制限)
第二十二条 不法行為について外国法によるべき場合において、当該外国法を適用すべき事実が日本法によれば不法とならないときは、当該外国法に基づく損害賠償その他の処分の請求は、することができない
2 不法行為について外国法によるべき場合において、当該外国法を適用すべき事実が当該外国法及び日本法により不法となるときであっても、被害者は、日本法により認められる損害賠償その他の処分でなければ請求することができない

● 趣旨
(「日本法」適用の趣旨)
不法行為は公益的秩序維持等にも関係することから、特別に日本法を適用することにより、日本国内における公序を維持する。

● 要件
不法行為は、不法行為の準拠法と日本法の双方の要件を充足しなければ成立しない(通則法22条1項)。

● 効果
不法行為については、不法行為の準拠法と日本法の双方が認める効果しか認められない(通則法22条2項)。

● 連結方法
通則法22条のように複数の法律を重ねて適用することとなる連結方法は、「累積的連結」と呼ばれる。

● 法的性質
(狭義の)国際私法の原則(内外法平等・実質法の内容とその適用結果の不問)の例外として、準拠法(実質法)の内容とその適用結果を問題とし、内国法を優先して適用する条文と言える。

● 立法論
立法論としては、 批判がある条項であるが、その点は別途解説。

ワヴィニー

本事案については、 甲国法上は不法行為が成立し、かつ日本法(民法709条)上もBによる飲酒運転につき不法行為が成立するため、通則法22条1項の要件は充足するはずです。

しかし、 本事案において仮に甲国法が適用されるとすると、Bに対し、日本で通常認められる金額の三倍もの金額の懲罰的損賠賠償責任を課すことになります。日本では懲罰的損害賠償制度は存在しませんから、(仮に通則法42条による適用排除がされないとしても)少なくとも通則法22条2項の適用により、AからBに対する損賠償請求は認められないでしょう。

なお、共に公序に関する条項ですが、通則法42条については、外国法の適用排除される結果、日本法が適用されることとなると考えられるのに対し、通則法22条については、外国法が適用されることを前提として、日本法が累積適用される旨の条項ですから、その峻別が必要ですね。

律子

そこから、通則法22条の存在意義・適用範囲がいかなるものであるのかについては、自宅に帰ってから自分で考えてみます。

さてさて、先ほど通則法20条の話をされた後、22条の話をされましたが、その間の21条についても、この機会に一読はしておきたいです。

(5) 当事者による準拠法の変更

(当事者による準拠法の変更)
第二十一条 不法行為当事者は、不法行為の後において、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力について適用すべき変更することができるただし第三者権利害することとなるときは、その変更をその第三者に対抗することができない

● 趣旨
(当事者による準拠法変更を認めた趣旨)
1.不法行為においても、当事者自治を認めることが、当事者の予見可能性の観点から妥当である。
2.不法行為制度には、当事者間の金銭的な利益調整としての側面があり、当事者自治に委ねることも許容しうる。

● 趣旨
(不法行為の「後において」とした趣旨)
事前の準拠法選択を認めると、社会的弱者にとり不公平な法が選択される懸念がある。

● 趣旨
(通則法21条ただし書)
準拠法の変更により、それに関与しない第三者の権利が害される結果となるのは不当であると考えられるため。
(※)ここではこれ以上立ち入らない。

【小出・一問一答 119・120頁参照】

律子

本事案においても、仮にAB間で日本法を選択する合意がされれば、通則法42条(・22条)の出番は無く、日本法が適用されるのですね。
しかし、Aの負傷の重大性等から、AB間で変更合意はされていないらしいです。

ワヴィニー

それでは、Aが日本・甲国を行き来しているとのことで、甲国の裁判所で訴えが提起された場合の設例を検討しましょう。

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3.外国判決の承認・執行

【設例】

● 本事案において、(日本の裁判所ではなく)甲国の裁判所において、 AからBに対し、本件事故に関する損害賠償請求の訴えが提起された。

● 甲国国際私法に基づき、本件事故については、準拠法として、甲国民法(不法行為法)が適用された。

● 甲国の裁判所により判決が下され確定したが、国際裁判管轄(間接管轄)・応訴の機会の保証・相互の保証の点では、問題がなかった。

律子

先程のご解説(通則法42条)と、これまでの民訴法118条に関するお話の対象(柱書・1号・2号・4号)に照らした消去法により、民訴法118条3号の「公の秩序又は善良の風俗」の話になるんですよね?(笑)

ワヴィニー

その通りです(笑)。

(1)公序

(外国裁判所の確定判決の効力)
第百十八条 外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。

一 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。

二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。

三 
判決の内容及び訴訟手続日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。

四 相互の保証があること。

● 趣旨
(民訴法118条3号)
日本国内における公序良俗の維持(通則法42条同様)。

● 「判決の内容」(実体的公序)
通則法42条同様、下記考慮要素に基づき、検討・判断する。
(1)事案の内国関連性
(2)外国判決の承認結果の異常性

● 「訴訟手続」(手続的公序)
具体例:裁判官が買収されていた等。

● 判例
(最高裁平成9年7月11日判決)
カリフォルニア州裁判所が同州民法典を適用し、懲罰的損害賠償としての金員支払を命じた判決部分につき、日本の公序に反するとした。
【理由】
「懲罰的損害賠償の制度は, …加害者に制裁を加え, かつ, 将来における同様の行為を抑止しようとするもの…であって, 我が国における罰金等の刑罰とほぼ同様の意義を有するものということができる。…我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。」

ワヴィニー

本設例における甲国の裁判所による判決は、本事案における通則法42条に関する結論と同じく日本の公序に反し、日本では承認されない可能性が高そうですね。

まとめ

1.国際裁判管轄
● 民訴法3条の3第8号本文・括弧書き

2.準拠法選択
● 通則法17条本文
● 通則法20条
● 通則法42条
● 通則法22条1項・2項
● 通則法21条本文・ただし書

3.外国判決の承認・執行
● 民訴法118条3号

律子

その後ABがどうなったか、凡その帰結を理論的に2,3想定できるようになり、少し落ち着いた気がします。

ワヴィニー

それでは、最後に、甲国法等の外国法への向き合い方については、こちらを参照しておいて下さい。
●「外国法(向き合い方)~準拠法として

SNSも良いですが、十分リスクを理解した上で、上手く使いこなすことが必要ですね。同じ場所にいなくとも、様々な人と日常的につながることは、一つの魅力なのでしょうが。

律子

同じ場所にいなくともと言えば…

【第6回】 行為能力の準拠法(2)

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